駅前のビジネスホテルに宿を取って、部屋に入った時にはすでに辺りは暗くなっていた。
カードキーを差し込むと、間接照明で部屋の中がうっすらと明るくなる。
それほど広くない室内に、ベッドが無理矢理二つ押し込んであって、壁際には机やポットが用意されている。

先輩がすたすたと部屋の中央まで歩いて、窓際のベッドにジャケットを放り出す。
今日はそういえば、カジュアルだけれどややフォーマルにも見える服を着ている。
髭も剃って、パトロネスと軽く出かける時のような格好だ。
何もない時なんてジーンズとシャツぐらいしか着ない人なのに、全然気付かなかった。

「………せんぱ、い」

最初から、全部、仕組まれていたんだ。
耕介さんと新堂さんと話して、金を用意して、黒幡の家と連絡を取って、書類も用意して。
そうして、俺を過去から、完全に切り離した。

「どうしたんだよ、ここに着くまで俺のことその場で襲いそうなほど発情した目で見てたくせに」
「………」

玄関先で立ち止った俺を振り返って、先輩が片眉を上げて皮肉げに笑いながらからかう。
今すぐに先輩が欲しい。
あの手で触れて欲しい、あの唇で俺の肌を辿って欲しい、先輩のもので、俺の中を突き上げて欲しい。
欲望で頭の中が一杯になるのに、なぜかいつものように行動に出ることが出来ない。

「先輩」

先輩が笑いながらこっちを見ている。
室内はまだ暖房が聞いてないとはいえ、外気からは遮断され温かい。
それなのになぜか、寒さに凍えるように体が震える。

「先輩」
「なんだよ」

さすがに面倒くさそうになったように投げやりに返事をする先輩に、自分の足を無理矢理引きずって近づく。
そっとその頭を引き寄せ、唇を吸う。

「んっ」
「ん」

体が震えて、うまく出来ない。
場所を確かめるように、何度も何度も、軽く先輩の唇をついばむ。
ただ触れるだけのキスなのに、どんどん体が熱くなって、先輩の足に触れる自分の性器がすぐに堅くなるのを感じる。

「は、あ」

そのうち、先輩の舌が、俺の唇を割って入ってきた。
背中を引き寄せられてよりキスが深くなる。

「んぅっ」

やや乱暴なぐらいに我が物顔で口の中を探る舌に、先輩を感じて脳みそが蕩けて行く。
ずっとずっと焦がれていた唇だ。
こんな風に強く求められて、奪われて、振り回されたかったのだ。

「ん、んっ」

気持ち良くて、涙が出てくる。
強く抱きしめられて、俺の性器が先輩の太腿に軽く擦れる。

「んーっ」

その瞬間頭が真っ白になって叫び声をあげるが、声は全て先輩の口内に吸い込まれた。
先輩がキスを解いて手を離すと、立っていられなくてその場にずるずると座り込んだ。

「はっ」

下着がじわりと濡れて、不快な感触を伝える。
ここ最近オナニーもろくにしていなかった分、量が多かったのかジーンズにまで染みそうだ。
いまだに震えは止まらなくて、体が熱くて、頭は痺れている。

「おい、まさかイったのか?」
「………」

座り込んだ俺を見て、先輩がさすがに呆れたように眉を顰める。
俺は長かったキスと絶頂の余韻で、弾む息とうまく廻らない舌を無理矢理抑え込む。

「………イっちゃい、ました」

先輩が馬鹿にしたように苦笑する。
俺を見下ろす先輩に、顔がますます熱くなってくる。
なぜだか、先輩を見ていられない。
粗相をして怒られる子供のように、俯きブルーのカーペットを見つめる。

「………」
「何、目を逸らしてんだ」

先輩の声が、上から下りてくる。
けれどどうしてだか、顔があげられない。
あげたら、先輩の強い視線が、俺をじっと見つめているだろう。
あの目で見られたら、今でさえこんな状態の俺はどうなってしまうのだろう。
それに、こんなことぐらいでイってしまう我慢の効かない俺が、恥ずかしくなってくる。

「目、合わせられません」
「なんでだ?」
「………はず、かしいです」
「淫乱で変態のお前が?」
「わか、んな、い。先輩を、見れない」

先輩に触れたい、キスしたい、思いっきり乱暴に掻きまわされたい。
けれど、触れられるのが怖い、目を合わせるのが怖い、セックスするのが怖い。

先輩は、怖かった。
ずっと怖かった。

この人に引きずりまわされたら、自分が自分でなくなってしまうんじゃないだろうか。
こんなに依存したら、本当に捨てられる時、痛いんだろうな。
たとえ先輩の腕を切り落として無理矢理俺のモノにしても、耐えられるか分からない。

怖かった。
先輩は絶対いつか俺に飽きるだろうから。
でもセックスがこんなに怖くなったのは、あの時、優しく抱かれた日以来だろうか。
今はそれ以上に怖いかもしれない。
怖くて、恥ずかしい。

「あ、の」
「ん?」

なんとか心を落ち着かせようとして、何度か深呼吸を繰り返す。
相変わらずジーンズの中はじっとりとしめって、気持ち悪い。
俺の精液の匂いが、じわりとしみだしてくる。

「なんで、今回、こんな、親切だったんですか」
「あ?」

それは、ずっと気になっていた。
基本的に面倒臭がりで、利益にならないことは絶対にやらない先輩が、俺のためにこんな面倒くさいことをしてくれた。

「あんたが、俺に、こんなに骨を折ってくれると、思わなかったです」

なんとか自分を優位に持ってこようと、心を奮い立たせる。
顔はあげなかったけれど、先輩を試すようにからかうように言った。

「俺に惚れてるから、ですか?」

先輩が俺に惚れているのは、知っている。
きっと、誰よりも近くにいて、気に入ってくれているだろう。
それは、分かっていた。

「ああ」

けれどあっさりと帰ってきた言葉に驚いて思わず顔を上げてしまう。
先輩はやっぱり楽しそうに笑って俺を見下ろしていた。
その目を見てしまって、耳まで熱くなって、息が苦しくなる。

「俺は今、お前に惚れるっていう感情の動きを楽しんでる。お前のためっていう、行動原理を楽しんでる。これも中々に悪くない」
「………」

先輩は別に憤ることもなく淡々と笑いながら答える。
それがとっても先輩らしくて、胸がキリキリキリ痛む。
これは悔しいのか、哀しいのか、嬉しいのか。
自分でも自分の感情が分からない。

「それと」
「はい」

先輩が、穏やかににっこりと笑う。
黒幡の家で見せたような、胡散臭い綺麗な笑顔だった。
だからこそ、俺は次にくる言葉が怖くて身構える。

「守、お前の一番大切な人間は誰だ」

けれど、質問は特に難しいものではなかったのでほっとする。
その質問の答えは、ずっと前から決まってる。

「それは………、耕介さんと、あんたです」

大事な大事な、俺という人間を形作るためにもっとも必要なファクター。
耕介さんがいたから、俺は生きてくることが出来た。
先輩がいるから、これからも生きていける。
いつもと同じ答えを返すと、けれど先輩は笑ったまま、言葉を続けた。

「一番、だ」

そしてようやく、言葉の意味を理解した。
体温が一気に冷えて行く。
それは、出来れば考えたくなかった、事柄。
多分ずっと前に自問自答したことはあったけれど、どちらも大切だという結論で落ち着いた。
だって、紛れもなく俺は二人がとてもとても大事だったから。
どっちも一番だったから。

「………」
「誰だ?」

どっちも大切。
どっちも必要。
それは、確か。

「守」

けれど、もう、きっと、分かっている。
そこにも順位をつけるとしたら。
つけなければいけないとしたら。
それは、どちらなのか。
失ったら気が狂うと思うほどに、俺の中を食い荒らしている人が、どちらなのか。

「守、言え」

俺を無理矢理引きずり、振り回し、食い荒らして、ぐちゃぐちゃにした。
俺を一人で立っていられないようにした。
与えられたのを憎いとすら思う、俺の心には余る熱量と質量を持つ、この感情。
それを捧げるのは、ただ一人しかいない。

「守?」

先輩が、ビロードのようにぬめりと耳に触れる毒のある甘い声で、囁く。
甘い甘い毒が、全身に周り、息が出来なくなっていく。
きっとこれは、俺を完全に壊して、死に至らしめる毒。

「………先輩、です」
「ん?」

聞こえているだろうに、先輩が優しく聞き返す。
耕介さんへの罪悪感と、屈服させられる屈辱と、自分の想いを告げる羞恥に、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
まるで犯されてるように、全てを暴かれ晒され掻きまわされる。

「あんた、です」
「名前で言ってみろ」
「………」

先輩が俯きそうになった俺の顔を無理矢理持ち上げ、その強い目で見下ろす。
相変わらず俺は惨めに地べたに座り込んだまま、心の中を荒れ狂う感情に唇を噛む。

「お前、俺に命令されたいんだろ。ほら言ってみろよ」
「………」
「早くしろ。言え」

面白がって先輩がくすくすと笑う。
初めて犯された時ですら、こんなに痛みも羞恥も、感じることはなかった。
先輩を見ていられなくて、ぎゅっと目を瞑る。

「み、ねや、さん」
「聞こえねえ。目を開けろ」

どこまでも傲慢な、どこまでも自分勝手な人。
でも、それでも俺はこの人に逆らえないのだ。
瞼を無理矢理こじ開け、もう一度俺は先輩を見つめる。

「峰、矢さんが、好きです」
「どれくらい好きなんだ」

なんで、俺はこんな最低な人に惹かれてしまったんだろう。
そうしたら、こんな苦しい思いはしなくてすんだのに。
違う、間違っていのは出会ってしまった時からだ。
あの日、大学のホールでこの人の絵を見た時から、すでに俺はこの人に恋をしていた。

「峰矢さんが、好きです。峰矢さんが、一番好きです」

出会ってしまったから、いけなかった。
でも、出会ってしまった。
出会わなければよかった。

「あんたが、誰より、好きなんだよっ」

でも、出会わなかったら、俺はこの痛みもこの歓びも知ることが出来なかった。
この身を苛む痛みこそ、何よりの歓び。
無理矢理身も心も従属させられる歓びに、全身がうち震える。
この人がいない世界なんて、もう考えられない。

「当然だ」

先輩はくっと喉の奥で笑う。
そして俺の腕を掴み引っ張り起こして、荷物のように無造作にベッドに放り投げた。
先輩がベッドに座りこみ俺を膝の上に引き寄せると、ギシリとベッドのスプリングが軋む。
すぐ目の前に先輩の整った顔があり、強い力に満ちた目が、俺を見ている。
愛してやまない美しい手が、強いぐらい俺の顎を掴む。

「この俺が惚れてやってんだ。お前の一番が俺じゃねえってのがおかしいんだよ」
「………っ」
「お前は、俺だけ見て、俺にだけ支配されて、俺のために狂って、俺のために死ね」

胸が引き絞られるように、痛んで、体の奥が熱く潤む。
眩暈がして、頭がぐらぐらと発熱した時のように揺れる。

「………本当に馬鹿だ」
「何がだ?」
「………こんな風に言われて、喜んでる俺と、俺なんかに執着する、あんたが」

本当に馬鹿だ、哀しいくらい胸が痛む俺が。
ベッドの上でのどんな甘い言葉よりも、こんな言葉が心をつかんで離さないのが。

「恋ってのは、馬鹿になるものなんだろ?」
「………そうですね」
「ていうかお前は元々大馬鹿だ」

それは、確かにそうだろう。
けれどそんな俺に惚れてる先輩だって、十分馬鹿だ。

「あんたも、俺も、馬鹿なんです。大馬鹿です。大馬鹿二人です」
「お前と一緒にするな」
「でも、あんたも大馬鹿だ」
「ま、違いない」

くっと、先輩が喉の奥で笑う。
俺もなんだか、笑えて来てしまう。
手を持ち上げて、先輩の綺麗な顔をそっと指で辿る。
高い鼻梁、強い意志を感じる目、厚い唇。

「耕介さん以外、誰もいらなかったのに。もういらなかったのに。これ以上、好きな人なんて、いらなかった。これ以上、痛い思いなんてしたくなかった。それぐらいなら、いらなかったんだ。あんたなんてどうでもよかったのに。それなのに、こんなにも、あんたが、好きだ。あんたに惹かれていた。あんたに惚れていた。でも、こんなに好きに、なっちゃうなんて、思いもしなかった」

作品に惚れて、先輩に惚れて、一生捧げようと思った。
それでも、こんなにもあんたが好きだと感じなんて、思わなかったんだ。
こんな、愛しいなんて感情、あんたに感じるなんて思いもしなかった。

「ばーか。前にも言ったけど、お前が俺の作品に惚れた時点で手遅れなんだよ。頭の血の巡りが悪いお前は、ようやく気付いただけ。遅いんだよ。脳みその皺あんの?お前」
「気付きたく、なかったんです」
「往生際が悪い」
「………はい」

素直に認めると、先輩は俺の鼻に噛みついた。
はずみで一回目を閉じると、先輩が笑う声がした。
目を開けて、俺は先輩の手を取って、その手の平に軽くキスを返した。

「あんたが俺に飽きたら、もう、手だけじゃ、我慢できないかもしれません。だって、足があったらあんたは外に行って逃げちゃうじゃないですか。あんたは、いつだって自分がしたいようにするんだから」
「当たり前だろ。手がなかろうがなんだろうが、俺はしたいようにする」
「じゃあ、すいません、足もください」
「足も切り落とすのか」

先輩が愉快そうに笑って聞いてくる。
俺も笑って、頷く。

「はい。あんたが出て行くなんて、耐えられません。ああ、電話とかされたら、駄目ですよね。舌も切り落としたいです。目は必要ですね。作品を作るには目が必要です。やっぱり、目と、口と、チンコがあれば、いいですよね」
「イカれてるな」
「あんたが、悪いんです。俺に恋なんてさせるから。責任取ってくださいね」
「誰が取るか、アホ。お前が俺に恋したのは、お前の弱さだ。俺を逃がしたくないなら死ぬ気で引き留めろ」
「勿論です」

俺は先輩の首に腕をまわし、その鼻にちゅっと音を立ててキスをする。
そしてもう一度ねだった。

「好きです。峰矢さん、あんたが好きです。俺を、抱いてください」

先輩はにやりと笑って、一つ頷く。

「そうだな。じゃあ、命令だ、守」
「はい」

先輩にベッドの上で命じられて、モノのように好き放題されるのは、嫌いじゃない。
というか好きだ。
無理矢理脚を開かされ、卑猥な言葉を口にさせられ、奉仕して、体を揺らしていると、快感しか追えなくなる。
セックスだけの器官になってしまうのは、何もかもから解き放たれたような開放感。

「守」

次にくる命令に、うずうずする気持ちが堪え切れない。
今すぐにでも先輩を押し倒して、その全身を舐めまくりたい。
けれど先輩の口から出てきた言葉は予想外のものだった。

「甘えてみろ」
「え」
「これが命令だ」

言われた言葉は、今までのセックスでは教えられていない言葉だった。
卑猥な言葉も、腰の振り方も、先輩のものを舐める方法も教わったけれど、そんなことは教わってない。
まあ、セックスの最中はいつも甘えてねだっていはいるんだけれど。
俺は困惑しながら、なんとかいつものように口にした。

「………抱いて、ください」
「それじゃいつもと同じだろ」
「………俺に、ぶちこんで?」
「変わらねえだろ」

先輩は俺の反応を楽しむように観察している。
何を求められているのか分からず、どうしたらいいのか分からない。

「………」
「ほら、さっさとしろ」

いつも、こんな風に甘えているじゃないか。
俺の中では、これもかなり甘えているうちに入るんだけど。
けれどこれじゃ許してくれないようなので、俺は素直に言った。

「………どうしたらいいか、分からないです」
「コウスケさんにしてるみたいにしてみろよ」

耕介さんに甘える。
俺は、確かによく耕介さんに甘えていた。
耕介さんに頭を撫でられるのが大好きだった。
書斎のアームチェアに座った耕介さんの膝に頭を置いて、優しく撫でられるのが大好きだった。

「………でも、耕介さんにしたいことと、あんたにしたいことだと、違います」
「へえ?」

頭を撫でてもらえるのは大好きだ。
耕介さんの膝に顔を埋めている一時は、何より安心する時間。
けれど先輩には、もっと違うことをしてほしい。

「耕介さんとは、セックスしたいとは思わないです」
「じゃあ、俺にどうしてほしい?」
「………」
「まずいつもどうしてる」

それは、いつも、やる順番なんて一定じゃない。
いきなり服を剥かれておざなりにならされて突っ込まれたり、打って変わってキスから始まる優しいセックスだったり。
どちらも好きだけれど、今は先輩の全てを味わいたい。
ただつっこむだけのインスタントなセックスは、また別の機会でいい。

「………キス、してください」

先輩は小さく笑って、俺の願いどおりに軽くキスをしてくれた。
下唇をそっと吸ってから、離れて行く。

「それから?」
「もっとキスしてください」

俺の言葉に、先輩は唇に、頬に、鼻に、首筋に、顎に、キスをいくつも落としてくれる。
そんな軽いキスだけで俺の体はまた熱くなり、濡れた下着の中がまた堅くなってくる。
でも、まだまだ足りない。

「舌を吸って、絡めて、つついて、噛んで、なぞって、唾液を飲んで」

先輩の舌が俺の口の中に入ってくる。
俺も喜んで自分の舌を差し出し、絡める。

「ん、ふっ」

舌をつつきあい、噛まれ、上顎をなぞられ、唾液が溢れて顎を伝うようなキスをする。
先輩の唾液を飲むたびに、まるで媚薬のように体が熱くなっていく。
ぴちゃぴちゃと濡れた音が、狭い室内に響き渡る。
その音にまた、舌も脳みそも痺れて行く。

「それで?」

頭の中は真っ白で、ふわふわと宙に浮いているようだ。
先輩が欲しい。
もっともっと先輩を感じたい。
こんな一部分ではなく、もっと全体で、先輩を感じたい。

「………抱きしめてください」

だから俺は頼んでいた。
先輩の強い目を見つめて、ねだる。

「もっともっと、抱きしめてください」

先輩が背中を引き寄せ、強く強く抱きしめてくれる。
先輩の匂い、先輩の手、先輩の体、先輩の息。
その全てを感じて、胸がいっぱいになる。
泣きたくなるぐらいに安心して、でも泣きたくなるぐらいに不安になる。
気持ち良くて、気持ち悪くて、怖くて、嬉しくて、ぐちゃぐちゃになる。

「俺に」
「うん?」

耳に吐息と共に触れる声は、甘い甘い毒のよう。
甘い甘い毒が、全身に周り、息が出来なくなっていく。
だから、脳みそに酸素が行かなくて、何も考えられないのだ。

「俺に、優しくしてください」

だから、先輩の首にしがみついて、こんなことを言ってしまう。
こんな馬鹿なことを言ってしまう。
強くて酷くて怖くて、けれど愛しい人は、耳元で笑った。

「よく出来ました」

そして愛しい愛しい手は、俺をベッドに優しく押し倒した。


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