「あんたより、私のほうがかわいいんだから」


日和


私の性格は一言、面倒くさがり。

人と付き合ったり、どこか出かけたり、何か習い事したり。
とにかく何もかも面倒で仕方がなかった。
出来ればずっと寝ていたかった。

理由はなんだったのだろう。
別に家庭に何か問題があったわけではない。
愛にあふれた賑やかな大家族。
10以上離れた兄が二人、姉が1人。
それが私の私の愛する家族。

ただ、優秀な兄や姉達に囲まれた私は、何もすることがなかった。
末っ子の私は可愛がられ、何もかも、いたせりつくせり。
自分で何かしようとすると、嘆かれすがられた。
結局面倒になった。
もしかしたら、それが原因かもしれない。
けれどまあ、原因はどうでもいい。
考えるのも面倒くさい。


幼い頃はその性格を表に出しまくって、ものすごい引きこもったりもしてみた。
そして、それは余計に面倒な自体を引き起こすことだということを理解した。
友達を作るようにと色々な習い事をやらされたり、カウンセリングに連れて行かれたり、家庭内での揉め事が増えたり、両親の仲が悪くなったり。
父の愛情が足りない、いや母の育て方が悪かった。
見るに耐えないほど面倒くさい罵りあい。
私は方法が間違っていたことを思い知った。

最低限、生活に支障が出ないぐらいに友人を作り、表に出て、家族と話すことにする。
それで、面倒くさいことが少しは減った。
わずかな面倒くささで、より大きな面倒くささが減る。
それなら、私は小さな面倒をとる。
本当に面倒くさいけど。

でもなるべく、目立たないように目立たないように暮らすようにしている。
目立たない、というのは輪からはみでていることではない。
静かにとけこみ、それでいて干渉されないぐらいの距離を保つ。
空気のような存在、私の目指すもの。


そんな私のただ一つの趣味。
人間鑑賞。
観察、とかは面倒くさい。
あくまでも、鑑賞。
私自身が全く気力のない人間なせいか、バイタリティのある人間に興味がある。
ぼー、と人を見ているのが割りと好きだ。
ずっと寝ているのが無理ならば、せめて有効に時間をつぶせるようにしてみた。
見る対象はバイタリティのある、いかにも「生きている」人間がいい。

そして今、私が一番興味のある人間が、彼女だった。



***




彼女に出会ったのは、いつだっただろうか。
思い出すのは、面倒くさい。
確か小学生の頃。
彼女はその頃から生き生きと、自分から向かい風に立ち向かうような生き方をしていた。

日本人離れした彫りの深い西洋人のような顔立ち。
長いまつげに縁取られた茶色がかった大きな目。
自然な栗色をした柔らかな髪。
小作りでちょっと厚めな、しかしそこがまた愛嬌のある紅い唇。
それらが小さい顔の中に均等に配置され、くるくると変わる表情と共に、愛らしさを振りまいていた。
小学生ながらそのかわいらしさは抜きん出ていて、勝気なその性格と共に、女王のようだった。
幼いながらに身に着けた処世術、その美貌を最大限に活用し、男子を従え、女子をいなし。
男子からの絶大な支持と、女子からの絶大な嫉妬。
その二つをその年で見事に手に入れていた。

私よりは一つ年下になる女の子。
勿論付き合いはなかったが、その名は割りと知られていた。
その器量と性格で。
私が彼女を意識しはじめたのは、校舎の隅の薄暗い教室。
クラブ活動で遅くなった夕方だった。

「ばっかじゃないの?ブスがひがんでんじゃないわよ」

小学生とは思えないほどの堂に入った台詞回し。
私はふと興味を覚えて足を止めた。
扉の影から、人気のない教室の中を覗き込む。
噂どおりの可愛らしい少女。
けれどその顔には不敵な表情が浮かんでいる。
しかし愛らしい笑みよりも、その顔は彼女に似合っている気がした。
彼女を取り囲んでいるのは3人。
いずれも女子だ。

「真理ちゃん、ずっと男子とだけ話してれば?ばっかみたい、男子もあんたみたいな性格ブスに騙されちゃって」
「本当、ちょっとかわいいからって、性格最悪」
「かわいいかなー?真理ちゃんて目が飛び出ててお化けみたい」

かわるがわる取り囲んだ少女を攻撃し、くすくすと笑う少女達。
ネズミを追い詰める猫のような、じわりじわりとした悪意。
けれど追い詰められているはずのネズミは、更に不敵に、意地悪そうに笑う。
そんな表情をしていてさえ、彼女はとても魅力的だった。

「あたしがオバケだとしたら、あんた達はゴミ以下ね。見るのもイヤだからゴキブリかな。鏡、見たことあるの?ああ、あんた達がみたら鏡割れちゃうか」

その言葉に、わずかに笑っていた少女達の表情が崩れる。

「ばっかじゃないの!あんた、そんなにかわいいと思ってるの!?」
「そうだよ、女子は皆あんたのことなんて嫌いだし」
「本当、すっごいむかつくとか言われてるよ」

けれど真理は表情を崩さない。

「3人でしか動けないあんたたちに何を言われても別にどうも思わないし。ブスは勝手につるんでひがんでたら?」

そうして言葉を失った3人を前に、更に口の端を吊り上げ、性格の悪い笑みを浮かべる。

「ああ、あんた達、清水君が私のこと好きっていうのが気に入らないんでしょ?ずっと好きだとか言ってたもんね?馬鹿じゃないの、本当。清水君もかわいそうあんたたちみたいなのに、ひっつかれたら本当にキモイよね」

「な、そんな……こと」

「清水君も言ってたよ?すっごいメーワクって」

3人のうちの1人の目に、見る見る水の膜が張っていく。
それが零れ落ちると同時に、しゃくりあげる声がした。
それに気づくと、残りの2人がその子の腕を引いて、教室から出ようとする。

「佐藤さん達から呼び出したのに、逃げるの?」
「あ、あんたなんて皆に嫌われてるんだから!もう死んじゃえ!」

そういって、3人は本当に逃げるように教室を後にする。
私は慌てて彼女達から見えないように隠れる。
心配を他所に、彼女達は私なんかに気にも止めないように走り去っていった。

私はたった1人残された教室を覗き込む。
彼女の表情は打ちひしがれてもいない、先ほどのように勝気な笑みを浮かべてもいない。
何かに闘いを挑むように、唇を噛んで外を向いていた。
私は彼女のその表情に興味を持って、思わず教室に入り込む。

「誰?」

彼女はすぐに振り返る。

「ごめん……」

の後になんて続けようか迷う。
興味があったから、心配になったから、うーん、どれもなんかな。
だいたい面倒くさがりの私が、こんな面倒な場面に乗り込むことが珍しい。

しかし彼女は不審な態度の私をとがめるでもなく、上から下までなめるように私を見つめる。
反射的に私のほうが聞いてしまった。

「何?」
「あんたより、私のほうがかわいいんだから」

顎をわずかにあげて、唐突に、不敵な表情で、そんなことを言う彼女。
思いがけない言葉に、私は思わず頷いていた。

「え、うん。そうだね。かわいい」

そう、確かにかわいい。かわいくて……。
私の言葉に彼女は勝利の笑みを浮かべる。
その表情はなんていうか……。
かわいくて……。


そう、綺麗だったのだ。



***




「で、本当にあの男ばっかでさー!」

けたけたと、人を馬鹿にしながら笑う真理。
性格は相変わらずふてぶてしく強く、たくましい。
改善されることもなく、より増長したようだ。
その様子も、興味深い。

「ね、聞いてるの?」
「うんうん」

私は読んでいた本に目を落としたまま、気のない返事を返す。
聞いてはいるが、相槌を打つのが面倒臭いだけだ。

「聞いてよ!」

そうして真理は私の本を取り上げる。
私は軽くため息をつく。

「何?」
「ね、私って本当にかわいいよね?」

何度も何度も確かめる言葉。
何度でも同じことを繰り返すのに、彼女は執拗にその質問を口にする。
私は何度かに一度は、この返事をはぐらかす。

「さあ」
「ちょっと!」

不満そうに頬を膨らます。
思ったとおり。かわいい。
機嫌を本格的に損ねる前に、私は彼女の望む言葉を口にした。

「かわいいよ、真理は」

いつもどおりの言葉なのに、何度でも彼女は微笑む。
満足そうに、嬉しそうに、当然のように、そしてなぜか安心したように。
自分に自信を持っているくせに、どこか不安げな真理。
そのアンバランスさに、興味が引かれる。

付き合うのは、本当に面倒くさい相手なのだけど。

「あんたの、『かわいい』は好き」

そう言って、真理は声をあげて笑った。


傲慢で自信あふれる性格ブスに惹かれている。
私の一番の趣味。

真理の鑑賞。






BACK   TOP   NEXT