大事な愛しい宝物、二つ揃って宝物。 いつしか生まれる独占欲、たった一つを欲しくなる。 けれど怖くして手放した、壊し汚してしまわぬように。 そして代わりに壊してしまった、悲しく哀れなもう一つ。 すべてを歪めた道化は誰だ。 ずっと一緒にいた従弟に確かな欲望を感じてしまったあの日。 自分が信じられなかった。 睦月を女だと思ったことはない。 確かにどこまでも儚い、中性的な雰囲気を持ち合わせ、男の匂いは感じなかった。 幼い頃は、少女めいた姿だとよく思った。 けれど、それは男らしくないというわけではない。 緑と並ぶとよく分かる。 わずかに低い声、尖った喉、しっかりとした骨格、しなやかな体。 一度だって、女として見たことはない。 確かに男で、かわいい弟のように思っていた従弟。 だから、俺のこの欲望は、おかしい。 何かの間違いだ。 自分に何度もそう、言い聞かせる。 しかし自覚すると同時に、ますます膨らむ、凶暴な衝動。 日に日に想像がリアルになっていく。 今まで淡くぼんやりとしたものでしかなかったそれが、確かな輪郭を持って現れ始める。 睦月の細くて白い首を見るたび。 その柔らかい髪に触れるたび。 控えめなぎこちない笑顔を向けられるたび。 赤い唇を吸いたくなる。 白い首に噛み付いて、俺の跡を残したくなる。 控えめに笑う顔を、乱れさせて滅茶苦茶に泣かせたい。 穏やかな低い声でひっそりと話すその声は、快楽でどんな色を帯びるのか。 性欲なんて持ち合わせていなそうな潔癖な体は、触れればどんな反応を返すのか。 おびえて逃げる臆病な小動物を、俺にすがりつかせたい。 女を抱いていても、気がつくと睦月の影を探している。 自分が狂っているとしか、思えなかった。 勘違いだと、何度も何度も思い込む。 それでも、俺の手は睦月を求め、溢れる欲望は行き場を失う。 優しさとか愛おしさを通り越した、むき出しの欲望。 相変わらず懐かない睦月に苛立ちを強く感じるようになって、無理矢理に押し倒す想像が現実感を伴い。 だから、俺は。 俺は、緑を選んだ。 「省吾、ねえ省吾、省吾は緑が好きでしょう?」 付き合い始めてから、緑は以前よりも執拗にこう聞いてくるようになった。 俺の気持ちを何度でも確かめる。 何かを恐れるように、確かめないと不安だというように。 「ああ、緑が好きだよ」 睦月によく似た、二重の大きな目。 赤い唇。 細く白い首。 だから俺はそのたびに何度も辛抱強く、そう答えてやる。 それは、嘘ではない。 緑はかわいい。 緑は大切だ。 緑は愛おしい。 「緑が好きでしょう?緑が一番でしょう?」 「緑が、好きだよ」 俺の逃げ場をなくすように、更に答えを求め、問い詰める。 女特有のいやらしさと媚び。 その必死さがわずかに不快で、でも可愛く愛おしい。 「省吾は、緑以外見ちゃだめだよ。省吾は緑のものなんだから」 「ああ、俺は緑が好きだよ」 細く柔らかい体が、俺の腕の中に収まる。 甘い香水の匂いに、包まれる。 そう、俺は緑が好きなのだ。 緑を大切にする。 緑を愛そう。 そうすればきっと、この馬鹿げた想像も衝動もなくなるはずだ。 他の女を抱いて、なぜ睦月ではないのか苛立ちを感じることもない。 睦月を見て、押さえつけたくなる感情もなくなるはずだ。 こんなにも可愛く愛しい緑だ。 愛せないはずがない。 そして、睦月に、こんなにも似ている緑だ。 この感情をすりかえられるはずだ。 睦月への、欲望を消し去れるはずだ。 笑ってしまうほど、最低だ。 俺は、最低だ。 緑の好意を利用して、睦月を忘れようとしている。 それでも俺は、自分を誤魔化し続ける。 誤魔化しきれて、緑を求めることができるようになったら、嘘は真実へと変わる。 そうしたら、そこはハッピーエンドだ。 緑も俺も睦月も、皆幸せになれる。 だったら、俺は最低な男になり続ける。 「緑、好きだよ」 「……緑も省吾が好きよ」 更に腕を首に強く絡めてくる。 かわいい緑、愛しい緑。 そのグロスを塗って光る唇にキスを落とす。 甘い匂い。 化粧の味。 睦月によくにた、二重の大きな目。 赤い唇。 細く白い首。 睦月と違う、柔らかい体。 長い髪。 小さな手。 湧き上がる違和感から目をそらす。 似ているからこそ、全く違う二人。 俺が愛するのは、緑。 「省吾…」 緑の小さな舌が、唇を割って入る。 慣れないたどたどしい仕草で、更にキスを深める。 接した柔らかい体を、押し付ける。 幼く、けれどあからさまな、誘い。 でも俺は、不自然じゃない程度に舌を軽く吸うと、静かに離れる。 膝に座った緑の体を持ち上げ、隣へ座らせる。 「さ、もうそろそろ帰らないと、おじさんとおばさんが心配するぞ。送ってってやる」 「………今日は泊まってく」 「お前、俺をおじさんに殺させる気か」 正直、女の体と、つたない愛撫で若い体は反応しそうになっていた。 緑と付き合い始めてから他の女には触れてない。 その柔らかく女性らしい体を貪りたい、とそう思った。 「お父さんだって怒らないわよ!」 「俺はお前んち行くのに気まずい思いしたくないんだよ。もうちょっとしてからな」 まだ、俺は緑に惹かれていない。 まだ、体の欲望以外で、求めていない。 大事な、かわいい緑。 ずっと妹のように、かわいがってきた愛しい緑。 だからこそ、ただの本能だけで、抱きたくなかった。 緑は不満気に口を尖らせる。 立ち上がると、誤魔化すようにその口に軽くキスを落とす。 キスで少しだけ不満そうな顔は隠れたけれど、俺を上目遣いに見上げた。 「……ねえ、省吾は、緑が好きだよね」 「………何度も言ってるだろ、好きだよ」 「一番よね?他の誰よりも、緑が好きよね」 ふと脳裏に浮かぶ、目の前の女とよく似た面差し。 緑の強い眼差しと違う、いつもおどおどとして卑屈にこちら見ている視線。 目を閉じて、その想像を振り払う。 俺は緑を真っ直ぐに見つめて、何度も何度も繰り返した答えをもう一度繰り返す。 「俺は、緑が好きだよ」 「………兄さん、緑は中だよ」 「お前はいつも、そればかりだな」 「だって、兄さんに用があるのは、俺じゃない」 いつものように、俺から視線をそらす。 そっけない冷たい態度に、軽く理不尽な怒りを感じる。 緑と付き合い始めてから、睦月はよりいっそう俺に近づかなくなった。 俺も、近づかないほうがいいと分かっている。 けれど、双子の家に訪れて、庭をまず見てしまう癖はなおらない。 庭を手入れしている睦月を、探してしまう。 従弟が手入れしている庭は、春に咲き誇った花々が落ち、力強い木々の青で占められていた。 その中に見えた夏の兆しに、俺は目を細める。 「もう、夏の花が咲き始めてるんだな」 「今年は、暖かかったから」 そう言って、表情を少しだけ和らげる。 緑と仲のよくない睦月は、家の中よりも庭にいる方が落ち着くようだ。 ここにいる睦月が、一番のびのびとリラックスしているように見えた。 「学校は、どうだ?」 「そろそろ、新しいクラスにも慣れた」 「友達は?ほら、前にここに来てた奴とか」 「ああ、あいつと一緒のクラスになったんだ。だから、うまくやってる」 俺の知らない睦月を知っている男。 俺には見せない、笑顔を見ている男。 大人気ない嫉妬が、どす黒く胸に渦巻く。 俺には懐かない、睦月。 黙り込んだ俺に不安になったのか、こちらを振り返る。 そっけなくする癖に、人の負の感情には敏感な、卑屈で臆病な睦月。 だから、俺もたまに冷たくしてしまう。 向こうから、すがってくるのを待ってしまう。 「……兄さんは、あいつのことが嫌いなのか?」 「いや、なんで?嫌いというほど知らないだろう」 「そう、だよな……いや、なんでもない」 たやすく見破られてしまう、子供のような嫉妬。 まったく、ガキか俺は。 睦月が他の男の話をするのも、他の男に心を許すのも、許せない。 どうしようもない独占欲。 黙り込んでしまった俺を気まずそうに見上げると、睦月は手を伸ばしてきた。 「葉っぱがついてる」 「お?どこだ」 「動くなよ、とれない」 俺よりも背の低い睦月の手が届くように、俺は少しだけ屈みこむ。 生真面目な表情で、髪に触れてくる睦月。 その白い喉がすぐ目の前にあって、俺はそれに喰らいつきたくなった。 睦月の体温が近くなり、すぐに離れていく。 その温もりが、惜しかった。 「なあ、睦月」 「何?」 表情の乏しい白い小さな顔が、小首を傾げる。 思わず、手を伸ばしそうになる。 力いっぱい、抱き壊したい。 「………いや、なんでもない」 けれど、伸ばしかけた手を、俺は握り締めてとどめた。 これは、触れてはいけないもの。 「ねえ、省吾、省吾は緑が好きでしょう、一番でしょう」 「俺は緑が好きだよ」 緑の束縛が、強くなる。 誰がいようとおかまいなしで、むしろ周りに見せ付けるように俺にひっつきたがる。 言葉を、欲しがる。 「ねえ、省吾、キスして」 甘い匂いのする体が押し付けられる。 化粧の味がする唇が、俺の唇に重なり貪る。 息苦しいほどの、束縛。 その長い髪が絡みつくようで、逃げ出したくなる。 分かってる、緑は不安なのだ。 キス以上、触れようとしない、いつまでも自分からは子供のようなキスしかしない、俺を疑っているのだろう。 緑は昔から勘がよく、聡い。 けれど、徐々にその束縛が、不快なだけに変わっていく。 緑が悪いわけじゃないのに、その体を払いのけそうになる。 愛しい緑。 かわいい緑。 大事な緑。 けれど、どうしても、求められない、緑。 いつものように双子の両親がいようとお構いなしな緑から逃げ出して、俺は睦月の部屋に訪れた。 睦月は家族の集まるリビングにはほとんどいないで、部屋に篭もっている。 緑から逃げているのか、俺から逃げているのか。 ノックをしようとすると、部屋の中から小さく声が聞こえた。 それが嗚咽に聞こえて、俺は思わず何も言わずにドアを開ける。 その音で振り返った部屋の主は、想像通り目を赤くして頬を濡らしていた。 暗い部屋の中、月明かりに照らされた頼りない体。 眩暈がする。 喉がひきつれるように、乾く。 よく知った感覚が、腰の辺りで疼く。 むき出しの獣欲が、目を覚ましそうになる。 「……睦月」 「に、にいさ、ん!?」 泣いているところを見られて慌てたのか、睦月が声を上げて顔をそらす。 既視感を覚える。 昔、こんな風に泣いている、睦月を見た。 「なんだ、また泣いてるのか?」 「ちがう………」 また、というほど、睦月の泣き顔は見ていない。 幼い頃は、俺の前でしか泣かない睦月をよく慰めていた。 いつからだろう、睦月が俺になんの感情も表情も見せなくなったのは。 それは、それほど遠い過去の話ではない気がした。 「………緑は?」 「ちょっと、やらかした」 いつもと変わらず、俺を緑と一緒にしようとする睦月。 姉の影に隠れてばかりのこいつに、苛々とする。 俺とお前に、緑は関係ない。 本当に見当違いな苛立ちを隠して、俺はその涙の理由を聞く。 何が悲しい。 何で泣く。 お前はなんで、いつでも苦しげなんだ。 「で、お前はなんで泣いてるんだ?」 「……なんでもない」 「なんでもないわけ、ないだろう?」 細い体を震わせて涙を流す睦月が、健気で可哀想で、ついこの手を伸ばす。 触れてはいけないと理性が訴えるのに、本能がそれを凌駕する。 慰めて涙を止めてやりたいというより、何よりも触れたいと訴える。 腕の中に納まる体に、たまらない愛おしさを感じる。 「睦月」 香水の匂いはしないが、シャンプーか何かの清潔な香りがする。 庭弄りで外にいることが多いくせに、その肌は相変わらず透き通るように真っ白だ。 泣いていたせいか、うっすらとピンクに染まっているのが、更に欲望と愛おしさを煽る。 緑とは違う、しなやかで硬い抱き心地。 緑とは違う、低い声。 緑とは違う、欲望を覚える体。 ああ、やっぱり駄目だ。 自分を誤魔化すことすら、できやしない。 俺が欲しいのは、この体。 俺が抱きたいのは、この体だ。 「……睦月、泣くな」 「…………」 慰めるように、引き寄せられるように、すぐに近くにあったこめかみに唇が掠める。 触れるか触れないかの、一瞬の感覚。 たったそれだけの触れ合いなのに、ゾクリと快感が走った。 しかし、それまで大人しく俺の腕の中にいた睦月が暴れだす。 俺から離れようと、その手を振り回す。 「やめろ!触るな!」 「う、わ」 「触るな!触るな触るな触るな!」 「睦月?落ち着け」 「いやだ、触るな!!」 俺の欲望がばれてしまったのか。 慰めに隠れた、ただ触れたいだけの本能に気付いてしまったのか。 俺に、触れられたくないのか。 俺から逃げるな。 俺を振り払うな。 俺を拒絶するな。 非力で、俺よりも華奢な体を持つ睦月を押さえつけるのは、たやすい。 このまま床に押さえつけて、引き裂いてやろうか。 涙に濡れたその顔を、苦痛と快感で染めてやろうか。 ぐるぐると怒りで熱くなる体。 必死に理性をかき集め、凶暴な衝動をため息と共に吐き出す。 睦月を壊したいわけじゃない。 睦月を壊したくないから、離れた。 睦月が愛しいから、触れなかったのだ。 「………分かったよ」 「…………い、やだ…」 「………ごめんな」 何かに怯える様に、小さく丸くなって泣く睦月。 俺なんて見たくないと言うように、膝に顔を埋めてしまう。 ここまで怯えさせたのは、俺か。 どうして。 申し訳ない気持ちと、悲しい気持ちでいっぱいになる。 それと同時に、怒りと欲望で眩暈がする。 睦月が愛しい。 睦月を慰めたい。 睦月を抱き壊してしまいたい。 梅雨のじっとりとした嫌な雨が降っている休日。 いつものように俺のマンションに訪れた緑と、どこか気まずい時間を過ごす。 最近ではケンカの回数が増えてきた。 もうすでに、一緒にいるだけで、息苦しい。 かわいい愛しい従妹が、醜悪な女になっていく。 そうさせているのは、俺だ。 不安にさせて、中途半端な態度をとっている俺が、すべて悪い。 罪悪感と苛立ちで、ぐちゃぐちゃとして、以前だったら愛らしかった緑の我儘も聞いてやれないことが増えていく。 最低だ。 そろそろ、潮時だと感じていた。 もう、緑といるのが限界だと、感じていた。 「ねえ、省吾、抱いて」 そして、ついにはっきりと口にされてしまった。 その言葉に含まれる甘さや愛おしさなどはなく、ただまっすぐと挑むように俺を見上げる緑。 その目はねだるというよりも、俺を責めていた。 罪悪感から、余計にその目から逃げ出したくなる。 「……どうしたんだ、いきなり?」 「省吾、省吾は緑が好きでしょう?緑と付き合ってるんだよね?緑が欲しいでしょう?」 「お前は、まだ子供だから…」 「緑はもう、十六よ!」 誤魔化すように視線をそらすと、癇癪を起こした緑が叫ぶ。 それは、そうだ。 もう子供でもない。 たった三つ違うだけだ、俺だってその頃には女と寝てた。 自分ですら騙しきれない、誤魔化しだ。 そんなのは、言い訳ですらない。 「緑が抱いて欲しいの。緑が好きなら抱けるでしょう?抱きたいでしょう?」 「……………」 「省吾」 かわいい緑。 愛しい緑。 大事な緑。 俺をまっすぐに見つめて、逃げ場をなくす緑。 もう、限界だ。 「………ごめん」 「なんで謝るの!?」 「だめだ…やっぱり、駄目だ。お前は、抱けない」 「なんで!?省吾は、緑が好きなんでしょう!?どうして!?」 そうだ、お前のことが好きだ。 お前をずっと愛しく思っていた。 「お前のことは好きだ…でも……」 お前を、愛したかった。 お前を、求めたかった。 それが、きっと一番丸く収まる道だった。 でも。 「妹は抱けない」 「そんな言葉が聞きたいんじゃない!」 言葉と同時に、鋭い平手が飛んできた。 俺はそれを甘んじて受ける。 殴られても罵られても、たと刺されても、文句を言える立場じゃない。 俺はお前を利用して、それでも駄目だった。 お前の気持ちを踏みにじった。 お前を、求められなかった。 俺が欲しいのは、たった一人だった。 「他の女みたいに、抱けばいいじゃない!男なんて、女だったら誰だってやれるんでしょ!」 「確かに、抱こうと思えば、抱けるんだろうな。お前に迫られて、やばい時あったし。でも抱きたくない」 だって、やっぱり愛しいんだ。 苦しい言い訳だ。 緑にとって、到底納得できるわけないのは分かってる。 それでもお前はお前で、大事なんだ。 こんな気持ちで、寝たくない。 「お前が大切だから後悔したくない。抱きたくない」 けれど、その言葉を、緑は鼻で笑った。 今まで見たことのないようなぞっとする暗い色に満ちた鋭い目。 「嘘つき」 「え………」 「そんなの、嘘よ」 俺を断罪するように、はっきりと言い放つ。 言い訳など、許さないように。 気圧されて、一歩下がる。 腕の中に納まるはずの小さな体が、今はとても威圧感を持つ。 「省吾が、抱きたいのは睦月でしょう」 「み、どり……」 「知ってるのよ緑。省吾が、睦月をどう思っているのか」 勘がよく、聡い緑。 見透かすように、ただ俺の目をじっと見る。 俺は、咄嗟に言葉が出てこない。 「………」 俺が黙り込んでしまったのを、どう受け取ったのか。 緑はさっと怒りで赤くした。 地団駄を踏むように、近くにあるものを床に投げつけ、俺へ投げつける。 「ああ、汚い汚い汚い!省吾まであんな子に惑わされて!あんな子いなければよかったのに!睦月さえいなければ、省吾は緑のものだったのに!」 「緑、やめろ!」 たまらないように、長く緩やかな髪をかきむしる。 その仕草は狂気に満ちていて、少しだけ恐れを抱いた。 「睦月のせいよ!全部睦月のせいよ!省吾は騙されてるだけ、あんな汚くて気持ち悪い子!」 「緑、止めろ!睦月は悪くない!」 その細く柔らかい腕をとって、言い聞かせるように目を覗き込む。 俺の言い訳なんて聞かずに、嘲け笑う緑は痛々しい。 ここまで、緑を追い詰めたのは、俺か。 「ほら、やっぱり」 「…………緑」 これ以上、緑の口から睦月を罵る言葉を聞きたくない。 もう、終わりにしよう。 これ以上、こんな茶番は終わりにしよう。 緑も睦月も、不幸にするだけだ。 すれ違ってしまった双子達。 大事な大事な宝物。 何よりも大切なものを壊したのは、俺だ。 「緑、本当にすまない、謝っても許してもらえるとは、思ってない。でも、俺はお前に恋愛感情を持つことは、できない」 「全部勘違いよ、省吾は騙されてるの。睦月みたいな気持ちの悪い子がいるから、いけないの」 「緑、聞いてくれ。俺は……」 「聞きたくない!!」 けれど、緑の耳には、俺の言葉は届かない。 すでに俺すら見ないで、ここにはいない弟への怨嗟の声をぶつけ続ける。 「そうよ、睦月がいけないの。いっつもいっつも緑の邪魔をして」 繰り返す言葉は、聞いているだけで暗いものに飲み込まれそうだ。 気性が激しくて我儘で自己中心的な緑。 けれど、素直で明るくて華やかで、こんな表情をする奴じゃなかったはずだ。 こんな、暗い表情。 「ウジウジして暗くて、緑の出来損ないのくせに、いつも緑の欲しいものを持っていく。緑のおまけのくせに」 「緑…」 「触らないで!」 見ていられなくて、伸ばそうとした手を振り払われる。 何が、いけなかった。 どこで、間違ってしまった。 誰が、緑を壊した。 それは、俺だ。 「絶対省吾だって、すぐに気づくんだから!あの子がどんなに汚いか!気持ち悪いか!省吾が構う価値なんて、全くないんだから!」 「価値とか、そんなんじゃなくて……緑、俺は……」 「緑がちゃんと気付かせてあげる。省吾を真っ当にしてあげる。全部全部睦月が悪いんだから」 壮絶なまでに苦しげな笑い声をあげて、緑は部屋を飛び出して行く。 立ち尽くしたまま、緑を止められかった。 そして、全ては壊れた。 |