必要なのは、君だった。
いらないのは、俺だった。
ずっとずっと、決まっていた。

ああでも君は、ここにいた。
俺の理想の君がいた。

だから早く戻っておいで。
ここにいるのは君だから。



***




「なんで、なんであの子が!なんであの子なの!どうして!?」

母さんが、半狂乱になって泣く。

ごめんなさい、母さん。

俺が残ってしまった。
どうして、緑がいなくなって、俺がいるのだろう。
どうして、俺が残ってしまったのだろう。

「緑……」

父さんが、写真を握り締めて、静かに嗚咽を漏らす。

ごめんなさい、父さん。

俺が憎いと、思った。
俺がいらないと、思った。

緑なんか消えてしまえと、思った。
そして、緑は消えた。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
どうして、俺が残っている。
俺なんて、いらないと思ったのに。
緑だけでいいと、思っていたのに。

本当は、嬉しいだろう。
何もかもを持っていて、何もかもを奪っていった緑。
もう、緑はいない。
もう皆、緑を見ない。
緑を褒め称える姿を見ないですむ。
緑から全てを奪われることもない。
嬉しいだろう。

けれど、もう皆、永遠に緑のものだ。

緑が消えても、何も変わらない。
緑の存在の大きさを思い知り、緑のいない空虚感を抱え続ける。

やっぱり消えるべきなのは、俺だったのだ。

ごめんないごめんなさいごめんなさい。
どうして俺が、ここにいるんだ。
なんで、俺が消えなかったんだ。
俺なんて、いる意味がないのに。
皆、緑でなくては、意味がないのに。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

ごめんなさい、父さん母さん。
ごめんなさい、緑。
ごめんなさい、兄さん。

兄さんが、泣いている。
いつだって、強かった兄さんが泣いている。
頭をうなだれて、静かに声を殺して、泣いている。
自分を責めて、泣いている。

兄さんが、自分を責めることはない。
責められるのは、すべて俺だ。
身の程知らずに、緑なんて消えてしまえと思った。
緑のおまけのくせに、自分の本体を否定した。
出来損ないのくせに、存在を主張しようとした。

これはその報い。
父さんと母さんが、緑を求めて泣くのをただ見ていることしかできない。
兄さんが、自分を責めて泣くのを、とめることもできない。

俺は緑を消した報いに、永遠に苦しまなくてはいけない。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

なんで、緑がいないんだ。
どうして、緑がいない。
みんな、緑を探している。

緑、緑、緑。
帰って来て、緑。
俺が代わりに消えるから。
もう、緑の邪魔をしたりしないから。
ここに、留まったりしないから。
だから、帰って来て、緑。

みんな、緑を欲してる。

「緑!緑がなんで!緑を返して!」

母さんの悲痛な声が家中に響いている。
俺は右足の傷を握り締める。

緑が残した跡。
俺の罪の証。

痛い。
包帯から、血が滲んでいく。
痛みが、俺をより苛む。
俺の罪を突きつける。

緑、緑、緑。
ごめんなさい、緑。
もうしない。
もう兄さんを見たりしない。
兄さんを未練たらしく想ったりしない。
兄さんは緑のものだ。
二人が一緒にいるのが正しいのに、俺がそれを邪魔をした。

俺がいらなかった。
俺が邪魔だった。
俺なんて、最初からいなければよかった。
緑一人だったら、皆幸せだった。

緑がいればいいんだ。
緑が帰ってくれば、皆幸せなんだ。
緑は、どこにいる。

暗い部屋で、顔をあげた。
部屋の隅のクローゼットのほうに視線を向ける。

そうしたら、求めた人がそこにいた。

「……なんだ、緑、そこにいたのか」

なんだ、隠れていたのか。
俺があまりに緑の邪魔をするから、拗ねて隠れていただけだったのか。

「皆心配してる、早く戻ってあげてくれ」

緑は無表情でこちらを見ている。
まるで俺を責めるように。

「ごめん、もうしないから。もう兄さんを見たりも、しないから」

だから、許して、早く戻ってきてくれ。
そうしたら、兄さんも父さんも母さんも、皆笑えるから。
皆、お前が必要なんだ。

「早く戻ってきてくれ」

緑が、必要なんだ。
だから。

「俺が、消えるから」

鏡の向こうにいた緑が、にっこりと笑った。





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