必要なのは、君だった。 いらないのは、俺だった。 ずっとずっと、決まっていた。 ああでも君は、ここにいた。 俺の理想の君がいた。 だから早く戻っておいで。 ここにいるのは君だから。 「なんで、なんであの子が!なんであの子なの!どうして!?」 母さんが、半狂乱になって泣く。 ごめんなさい、母さん。 俺が残ってしまった。 どうして、緑がいなくなって、俺がいるのだろう。 どうして、俺が残ってしまったのだろう。 「緑……」 父さんが、写真を握り締めて、静かに嗚咽を漏らす。 ごめんなさい、父さん。 俺が憎いと、思った。 俺がいらないと、思った。 緑なんか消えてしまえと、思った。 そして、緑は消えた。 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。 どうして、俺が残っている。 俺なんて、いらないと思ったのに。 緑だけでいいと、思っていたのに。 本当は、嬉しいだろう。 何もかもを持っていて、何もかもを奪っていった緑。 もう、緑はいない。 もう皆、緑を見ない。 緑を褒め称える姿を見ないですむ。 緑から全てを奪われることもない。 嬉しいだろう。 けれど、もう皆、永遠に緑のものだ。 緑が消えても、何も変わらない。 緑の存在の大きさを思い知り、緑のいない空虚感を抱え続ける。 やっぱり消えるべきなのは、俺だったのだ。 ごめんないごめんなさいごめんなさい。 どうして俺が、ここにいるんだ。 なんで、俺が消えなかったんだ。 俺なんて、いる意味がないのに。 皆、緑でなくては、意味がないのに。 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。 ごめんなさい、父さん母さん。 ごめんなさい、緑。 ごめんなさい、兄さん。 兄さんが、泣いている。 いつだって、強かった兄さんが泣いている。 頭をうなだれて、静かに声を殺して、泣いている。 自分を責めて、泣いている。 兄さんが、自分を責めることはない。 責められるのは、すべて俺だ。 身の程知らずに、緑なんて消えてしまえと思った。 緑のおまけのくせに、自分の本体を否定した。 出来損ないのくせに、存在を主張しようとした。 これはその報い。 父さんと母さんが、緑を求めて泣くのをただ見ていることしかできない。 兄さんが、自分を責めて泣くのを、とめることもできない。 俺は緑を消した報いに、永遠に苦しまなくてはいけない。 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。 なんで、緑がいないんだ。 どうして、緑がいない。 みんな、緑を探している。 緑、緑、緑。 帰って来て、緑。 俺が代わりに消えるから。 もう、緑の邪魔をしたりしないから。 ここに、留まったりしないから。 だから、帰って来て、緑。 みんな、緑を欲してる。 「緑!緑がなんで!緑を返して!」 母さんの悲痛な声が家中に響いている。 俺は右足の傷を握り締める。 緑が残した跡。 俺の罪の証。 痛い。 包帯から、血が滲んでいく。 痛みが、俺をより苛む。 俺の罪を突きつける。 緑、緑、緑。 ごめんなさい、緑。 もうしない。 もう兄さんを見たりしない。 兄さんを未練たらしく想ったりしない。 兄さんは緑のものだ。 二人が一緒にいるのが正しいのに、俺がそれを邪魔をした。 俺がいらなかった。 俺が邪魔だった。 俺なんて、最初からいなければよかった。 緑一人だったら、皆幸せだった。 緑がいればいいんだ。 緑が帰ってくれば、皆幸せなんだ。 緑は、どこにいる。 暗い部屋で、顔をあげた。 部屋の隅のクローゼットのほうに視線を向ける。 そうしたら、求めた人がそこにいた。 「……なんだ、緑、そこにいたのか」 なんだ、隠れていたのか。 俺があまりに緑の邪魔をするから、拗ねて隠れていただけだったのか。 「皆心配してる、早く戻ってあげてくれ」 緑は無表情でこちらを見ている。 まるで俺を責めるように。 「ごめん、もうしないから。もう兄さんを見たりも、しないから」 だから、許して、早く戻ってきてくれ。 そうしたら、兄さんも父さんも母さんも、皆笑えるから。 皆、お前が必要なんだ。 「早く戻ってきてくれ」 緑が、必要なんだ。 だから。 「俺が、消えるから」 鏡の向こうにいた緑が、にっこりと笑った。 |