「……なあ、秋庭」
「ああ!?」

話しかけてきた園田に、俺は不機嫌に返事を返す。
園田は俺の返事に一瞬言葉に詰まると、すぐに視線をそらした。

「………なんでもない」
「じゃあ、話しかけんじゃねえよ!」

ったくなんだよ、意味もなく話しかけんじゃねえよ、クズ。
遠くで、あいつって最近怒りっぽくて近づきにくい、とかなんとか言っているのが聞こえる。
うるせえ。
あいつ、後で殺す。

自席に帰ると、隣の席には澄ました顔で本を読んでいる柳瀬がした。
その涼しい顔がたまらなくムカつく。
俺はこんなにムカついてるのに、なんでこいつはこんななんでもない顔しているんだよ。

「なんで、お前そこにいんだよ!」
「俺もこのクラスだから」
「お前の顔がムカつくんだよ!消えろ!」

柳瀬はちらりと俺を見上げると、無表情にため息をついた。

「男のヒステリーは醜悪だな」
「お前のその物言いがムカつく!」

どこまでもムカつく男に、その机を蹴り上げる。
すると即座に柳瀬は無表情に、俺の鳩尾に肘をいれた。
その鋭い一撃に息が詰まる。

「…………っ」
「八つ当たりは他でしろ」

そしてすぐに本に視線を戻す。
くそ、この冷血動物。
少しくらい、付き合えってんだよ、この蛇野郎。

遠くで、クラスメイトが俺達のやりとりとこそこそと見ている。
くそ、ムカつく。
こいつらみんな消えちまえ。

ここにいるのもわずらわしくて、教室をさっさと出て行く。
すると、とことんついてなく、廊下の先にはどう見ても美少女にしか見えない小柄な影。

たく、なんなんだよ、今日は。

「あ」

俺の顔を見て、桜川は何か言いかける。
その先を聞きたくなくて、俺は傲慢な暴君に背を向けた。

本当にもう、何もかもが気に入らない。



***




授業が終わって、何もする気がおきなくて、部屋に帰っても、苛立ちは収まらない。
あの時の桜川の何か言いたげな顔が脳裏から消えない。

くそ、なんで俺が逃げ出してんだよ。
逃げるような事なんて、何もない。
俺は何も悪くないし、むしろ全面的に悪いのは桜川だ。

なのに、あんな逃げるような態度。
自分が情けなくて死にたくなってくる。
いや、あれだ、あいつの顔も見たくないせいだ。
無視してやってるだけだ。

そうだ、そういうことだ。

そう言い聞かせていると、ドアが静かにノックされた。
ためらいがちな小さな音。
誰だよ、こんな時に。
殺すぞ、こら。

「誰だよ」
「………雨宮だ。開けるぞ」
「ああ!?」

雨宮って誰だ、って一瞬思ってから気づいた。
犬だ。
あの鬱陶しい犬。
何しにきやがった。
入るなよ、って言う前に、勝手にドアを開けられた。
馬鹿犬は礼儀も知らねえ。

なんだ、仕返しにでもきたのか。
また返り討ちにして、犯してやろうか、この馬鹿犬。

犬は勝手に入ってくると、部屋の中を軽く見渡した。
そして中に入り込んで、ドアを閉める。

「何勝手に入ってきてんだよ、金魚のフン」
「………」

雨宮は一瞬、不快そうに眼鏡の下の眉を顰める。
けれど小さくため息をつくと、前置きなしに用件を告げた。

「瑞樹が、お前が来ないのを気にしている」
「あ?」
「お前が最近、瑞樹を避けているのを、気にしている」
「避けてねえよ!」

咄嗟に声を荒げて言い返して、そんな自分にイラつく。
何、動揺したみたいな態度取ってんだよ。
気にしてないんだよ、あいつのことなんて。

雨宮は俺の態度に、馬鹿にしたように小さくため息をつく。
ああああ、ムカつく。
やっぱ、殺す。
俺が行動に移す前に、犬はまた口を開いた。

「お前がそういうなら、いい。ただ、瑞樹が人のことを気にする事は珍しい。瑞樹は、人が近寄ってこなくなったら、それまでだ」
「………」
「去るものを気にする事は、めったにない。でも、このままだったらいずれ興味を失う」

眼鏡は感情を抑えるように、少し伏し目がちに淡々と語る。
胸の辺りのシャツを押さえ、落ち着かないようにぎゅっと握る。

まあ、そうだろうな。
あいつのあの俺様な性格だったら。
自分に寄ってこない人間なんて、どうでもいいだろう。
黙っていても人は寄ってくる。
去る人間なんて、きっとどうでもいい。

「……お前、それを俺に言ってどうしようってんだよ」
「……別に。ただ、瑞樹の意思に、俺は従うだけだ」

そんなことを俺に言って、こいつになんも得はない。
大好きな瑞樹に近づく虫がいなくなって、万々歳なはずだ。
意味が分からない。
何か裏があるのではないかと思ってしまう。

「………俺の言う事を、どうとろうと、お前がどう行動しようと、自由だ。ただ、それだけだ」

俺の胡散臭そうな視線に気づいたのか、犬は少しだけこちらを見ると最後にそう言った。
こいつの言葉は本当なのか。
あいつは、俺に少しでも興味を持っている?
セフレと言い切られて、少しも気にされていない存在な、俺を?

信じられない。
が。
ムカつくことに、少しだけ気分がよくなっている自分が分かる。
くそ、本当にイラつく。
なんで、あんな冷血非道な野郎のことで、一喜一憂しなきゃいけないんだよ。

いや、でも、あいつが俺に参っている、というのは、気分がいい。
そうだ。
そうだよ。
俺の魅力にやられてるってので、気分がいいのは当然だ。
そういうことだ。

「じゃあ、俺は帰る。……気をつけろ、瑞樹は興味を失うのも早い」
「うっせなーな」

最後にやっぱり不快そうに眉を吊り上げる。
けれど何も言わず、犬は出て行こうと振り返った。
しかしその瞬間、俺の隣のベッドに視線を止めた。
正確に言えば、隣のベッドの隣のダンボールに。

「……それは?」
「俺のじゃねえよ。柳瀬の」

それはダンボールいっぱいに詰め込まれたお菓子の山。
高いのから安っぽい駄菓子まで、積み上げられている。
ほとんどが甘いもので、見ているだけで胸焼けがしてくる。
勝手に触ると、マジで切れるし。
どこの子供だよ。
あいつ、本当に行動謎過ぎて、キモイ。

「やっぱり」

犬が少し、表情を和らげる。
本当にかすかに可笑しそうに、目元を細める。

「……雨宮?」

それはほんの一瞬。
すぐに不機嫌そうで神経質そうな表情に戻し、犬はドアノブに手をかけた。

「それじゃあな」

礼儀正しく一礼して、雨宮はそのまま出て行った。
後に残されたのは、ベッドに座ったままの俺一人。

それで、なんとなくつながる。
やっぱり、ね。
ふーん。
なるほど。
柳瀬がねえ。
怖い怖い。

ま、いいや。
柳瀬が何してようと、俺には関係ない。
俺が今考えなきゃいけないことは、今他にある。

まあ、桜川が気にしてるっていうなら仕方ない。
年上として、俺が折れてやるしかないかもしれない。
まあ、しょうがない。
俺は大人だからな。
明日にでも、話しかけてやるか。
あいつもガキだからな。

そう決めると、なんだか久々に心が晴れ晴れとした。





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