「……なあ、秋庭」 「ああ!?」 話しかけてきた園田に、俺は不機嫌に返事を返す。 園田は俺の返事に一瞬言葉に詰まると、すぐに視線をそらした。 「………なんでもない」 「じゃあ、話しかけんじゃねえよ!」 ったくなんだよ、意味もなく話しかけんじゃねえよ、クズ。 遠くで、あいつって最近怒りっぽくて近づきにくい、とかなんとか言っているのが聞こえる。 うるせえ。 あいつ、後で殺す。 自席に帰ると、隣の席には澄ました顔で本を読んでいる柳瀬がした。 その涼しい顔がたまらなくムカつく。 俺はこんなにムカついてるのに、なんでこいつはこんななんでもない顔しているんだよ。 「なんで、お前そこにいんだよ!」 「俺もこのクラスだから」 「お前の顔がムカつくんだよ!消えろ!」 柳瀬はちらりと俺を見上げると、無表情にため息をついた。 「男のヒステリーは醜悪だな」 「お前のその物言いがムカつく!」 どこまでもムカつく男に、その机を蹴り上げる。 すると即座に柳瀬は無表情に、俺の鳩尾に肘をいれた。 その鋭い一撃に息が詰まる。 「…………っ」 「八つ当たりは他でしろ」 そしてすぐに本に視線を戻す。 くそ、この冷血動物。 少しくらい、付き合えってんだよ、この蛇野郎。 遠くで、クラスメイトが俺達のやりとりとこそこそと見ている。 くそ、ムカつく。 こいつらみんな消えちまえ。 ここにいるのもわずらわしくて、教室をさっさと出て行く。 すると、とことんついてなく、廊下の先にはどう見ても美少女にしか見えない小柄な影。 たく、なんなんだよ、今日は。 「あ」 俺の顔を見て、桜川は何か言いかける。 その先を聞きたくなくて、俺は傲慢な暴君に背を向けた。 本当にもう、何もかもが気に入らない。 授業が終わって、何もする気がおきなくて、部屋に帰っても、苛立ちは収まらない。 あの時の桜川の何か言いたげな顔が脳裏から消えない。 くそ、なんで俺が逃げ出してんだよ。 逃げるような事なんて、何もない。 俺は何も悪くないし、むしろ全面的に悪いのは桜川だ。 なのに、あんな逃げるような態度。 自分が情けなくて死にたくなってくる。 いや、あれだ、あいつの顔も見たくないせいだ。 無視してやってるだけだ。 そうだ、そういうことだ。 そう言い聞かせていると、ドアが静かにノックされた。 ためらいがちな小さな音。 誰だよ、こんな時に。 殺すぞ、こら。 「誰だよ」 「………雨宮だ。開けるぞ」 「ああ!?」 雨宮って誰だ、って一瞬思ってから気づいた。 犬だ。 あの鬱陶しい犬。 何しにきやがった。 入るなよ、って言う前に、勝手にドアを開けられた。 馬鹿犬は礼儀も知らねえ。 なんだ、仕返しにでもきたのか。 また返り討ちにして、犯してやろうか、この馬鹿犬。 犬は勝手に入ってくると、部屋の中を軽く見渡した。 そして中に入り込んで、ドアを閉める。 「何勝手に入ってきてんだよ、金魚のフン」 「………」 雨宮は一瞬、不快そうに眼鏡の下の眉を顰める。 けれど小さくため息をつくと、前置きなしに用件を告げた。 「瑞樹が、お前が来ないのを気にしている」 「あ?」 「お前が最近、瑞樹を避けているのを、気にしている」 「避けてねえよ!」 咄嗟に声を荒げて言い返して、そんな自分にイラつく。 何、動揺したみたいな態度取ってんだよ。 気にしてないんだよ、あいつのことなんて。 雨宮は俺の態度に、馬鹿にしたように小さくため息をつく。 ああああ、ムカつく。 やっぱ、殺す。 俺が行動に移す前に、犬はまた口を開いた。 「お前がそういうなら、いい。ただ、瑞樹が人のことを気にする事は珍しい。瑞樹は、人が近寄ってこなくなったら、それまでだ」 「………」 「去るものを気にする事は、めったにない。でも、このままだったらいずれ興味を失う」 眼鏡は感情を抑えるように、少し伏し目がちに淡々と語る。 胸の辺りのシャツを押さえ、落ち着かないようにぎゅっと握る。 まあ、そうだろうな。 あいつのあの俺様な性格だったら。 自分に寄ってこない人間なんて、どうでもいいだろう。 黙っていても人は寄ってくる。 去る人間なんて、きっとどうでもいい。 「……お前、それを俺に言ってどうしようってんだよ」 「……別に。ただ、瑞樹の意思に、俺は従うだけだ」 そんなことを俺に言って、こいつになんも得はない。 大好きな瑞樹に近づく虫がいなくなって、万々歳なはずだ。 意味が分からない。 何か裏があるのではないかと思ってしまう。 「………俺の言う事を、どうとろうと、お前がどう行動しようと、自由だ。ただ、それだけだ」 俺の胡散臭そうな視線に気づいたのか、犬は少しだけこちらを見ると最後にそう言った。 こいつの言葉は本当なのか。 あいつは、俺に少しでも興味を持っている? セフレと言い切られて、少しも気にされていない存在な、俺を? 信じられない。 が。 ムカつくことに、少しだけ気分がよくなっている自分が分かる。 くそ、本当にイラつく。 なんで、あんな冷血非道な野郎のことで、一喜一憂しなきゃいけないんだよ。 いや、でも、あいつが俺に参っている、というのは、気分がいい。 そうだ。 そうだよ。 俺の魅力にやられてるってので、気分がいいのは当然だ。 そういうことだ。 「じゃあ、俺は帰る。……気をつけろ、瑞樹は興味を失うのも早い」 「うっせなーな」 最後にやっぱり不快そうに眉を吊り上げる。 けれど何も言わず、犬は出て行こうと振り返った。 しかしその瞬間、俺の隣のベッドに視線を止めた。 正確に言えば、隣のベッドの隣のダンボールに。 「……それは?」 「俺のじゃねえよ。柳瀬の」 それはダンボールいっぱいに詰め込まれたお菓子の山。 高いのから安っぽい駄菓子まで、積み上げられている。 ほとんどが甘いもので、見ているだけで胸焼けがしてくる。 勝手に触ると、マジで切れるし。 どこの子供だよ。 あいつ、本当に行動謎過ぎて、キモイ。 「やっぱり」 犬が少し、表情を和らげる。 本当にかすかに可笑しそうに、目元を細める。 「……雨宮?」 それはほんの一瞬。 すぐに不機嫌そうで神経質そうな表情に戻し、犬はドアノブに手をかけた。 「それじゃあな」 礼儀正しく一礼して、雨宮はそのまま出て行った。 後に残されたのは、ベッドに座ったままの俺一人。 それで、なんとなくつながる。 やっぱり、ね。 ふーん。 なるほど。 柳瀬がねえ。 怖い怖い。 ま、いいや。 柳瀬が何してようと、俺には関係ない。 俺が今考えなきゃいけないことは、今他にある。 まあ、桜川が気にしてるっていうなら仕方ない。 年上として、俺が折れてやるしかないかもしれない。 まあ、しょうがない。 俺は大人だからな。 明日にでも、話しかけてやるか。 あいつもガキだからな。 そう決めると、なんだか久々に心が晴れ晴れとした。 |