カウント6。



今日は、カウントしなくていい日。
とっても気楽で、ウキウキする。
今日は友ちゃんがバイトの日。
友ちゃんと会えない日。
だから、カウントをしなくていい日。

とても、嬉しい日。

ちょっと、おかしいね。
友ちゃんと会うことがなにより嬉しいのに。
友ちゃんと会えないと寂しいのに。
いつだって友ちゃんに会いたいのに。

それなのに、友ちゃんと会えなくて、ほっとする。

なんでだろう。
なんでだろうね。

ううん。
だめだめ、考えちゃだめ。
さあ、今日は一日ゴロゴロして、昨日のことを考えよう。
出かけるのも禁止。
ばったり友ちゃんに会っちゃったら、大変。

昨日は、とっても楽しかった。
友ちゃんと手をつないで、動物園。
どこに行きたいって言われて、動物園って答えた。
友ちゃんはガキっぽいって笑ったけど、でもずっと夢だったんだ。
数ある妄想の一つ。
友ちゃんと動物園デート。

「うふふふふ」

人から見たら、頭がおかしくなったと思われるかもしれない。
でも、今は部屋に一人きり。
お父さんもお母さんもいないから、心おきなく変人になろう。

「うへへへへへ」

ベッドでゴロゴロして、昨日のことを思い出す。
顔がにやにやして止まらない。
昨日、家に帰ってあまりにもにやにやしている私に、お母さんが本気で心配してたっけ。

でもね、嬉しくて嬉しくて止まらない。
ずっとずっと夢だったんだ。
友ちゃんと、動物園。

まあ、後は遊園地とか水族館とかドライブとかベイサイドの観覧車とか。
お洒落なカフェに、道を歩いて屋台のクレープとか。
友ちゃんの部屋とか、私の部屋とか、放課後の教室とか。
児童公園とか、まあ、なんていうかありとあらゆるところ。

うん、怖いな。
いっぱいいっぱいありすぎる。
上げてしまえば、キリがないくらい妄想した。
一緒に過ごせることを夢見てた。

動物園は、いつだったかな。
確か小学校5年生の頃だ。
写生大会か何かで訪れた動物園。

『みのり、それ、ライオン?』
『………キリン』
『黄色しか分かんない』
『…うう』

さっさと描き終えてしまった友ちゃんは手持無沙汰にウロウロしていた。
それで私のところにも来ると、絵を覗いてそんなことを言った。
まあ、あまり絵は得意ではなかったのでしょうがない。
でも、情けないところを見られて半泣きになった。

『キリン好きなのか?』
『好きだよ。たれ目なところが好き』
『変なの』
『……うう』

だって、なんかのんびりしているところが好き。
私に似ている気がする。
まあ、本当は怖い動物らしいけど。
でも、のんびりむしゃむしゃ草食べてるところ、好き。

『そういえば、なんか横浜の動物園にいる変な動物、キリンの仲間だってな』
『変な動物?』
『うん、なんかモンスターみたいな動物』
『モンスター?』
『名前忘れちまった。怪物みたいなの』
『へえ、キリンの仲間なんだ。見たいなあ』
『俺も見てみたいな』

じゃあ、一緒に行こうって言おうとして、飲み込んだ。
言えなかった。
喉に言葉が絡まった。
あの頃にはもう、自分の思いは迷惑なんだろうなって思っていた。
友ちゃんにも好きな人が出来て、付き合いはどんどん減った。
だから、言葉を飲み込んだ。

『おーい、友!』
『なにー!!』

そのうち、友達に呼ばれて、友ちゃんは駆け去っていった。
だから、私はライオンみたいなキリンを描く作業に戻った。

でもね、行きたかったの。
一緒に行こうって言いたかったの。
怪物みたいなキリンの仲間を、見てみたかった。
一緒に見てみたかったの。

昨日いった動物園は、横浜の動物園じゃなかった。
近場の、そこそこおっきな動物園。
あの時言っていた動物園ほど大きくはないけど、動物が沢山いた。

だから満足。
夢がまた一つ、叶った。

「うふ、うふふ」

だから笑いがこぼれる。
たまらなく嬉しいの。

ああ、でもまた一つ叶っちゃった。
どんどん減っていく。
友ちゃんと過ごす夢。
一つ叶うごとに、とても嬉しい。

けれど、なぜか寂しい。

なんでかな。
なんでだろう。

だから、だめだめ。
そんなことは考えちゃだめ。
夢見ていたデート
最初で最後のデート。

今はこの喜びに、浸っているの。
きっとずっと、覚えているの。

ペンギンを指して、私に似ていると言った友ちゃん。
ぼってりとしててぺたぺた歩くところが似ていると言った。
私はふくれて、そのほっぺたを友ちゃんがつついた。

「うぅぅ」

うずうずする。
ドキドキする。
思い出すだけで嬉しくて嬉しくて、たまらない。
何度も何度も思い返しては、ばたばたする。
飽きることなんてない。

お昼ご飯は焼きそばを食べて、一緒にソフトクリームを食べた。
友ちゃんはチョコレートで、私はバニラ。
だから、お互いに分け合った。

友ちゃんの食べたあとに口を付けるのが、ドキドキした。
私の食べた後に、友ちゃんが口を付けるのが、ドキドキした。
友ちゃんの口は大きくて、私のバニラは半分なくなった。
私が拗ねると、友ちゃんは自分のチョコを半分くれた。

「うひっひひひひ」

ああ、だめだ、笑い声が変。
でも、止まらない。
どうしても、止まらない。

とっても楽しかった。
なんだか、恋人同士みたいだった。
夢見ていた以上の、デートだった。

「好きだよ、友ちゃん、好き」

クッションに顔をうずめて、私はつぶやく。
ありがとう。
優しい優しい友ちゃん。
大好きです。
ずっとずっと大好きです。

ああ、浸っていたいな。
ずっとこうして浸っていたい。
もう、明日なんて来なきゃいいのに。
夢だけ見て、昨日の思い出だけ見て、こうしていたい。

ずっと、こうしていたい。
ずっとずっと、こうしていられれればいいのに。

その時、枕もとに置かれていた携帯から着メロがなった。
それで、ウキウキしていた気持が、一気になくなる。
この音楽は。

一瞬出るのをためらう。
出たく、ない。
聞かなかった、ことにしてしまおうか。
ああ、だめだ。
どうせ着信履歴に残ってしまう。

それに、出たい。
声が聞きたい。

出たい。
でも、出たくない。

これは、友ちゃんの着信の、音楽。

少し考えて、私は携帯に手を伸ばした。
おかしいな、友ちゃんからの電話なんて、嬉しくてたまらなかったのに。

「………もしもし?」
『もしもし、みのり?』

ああ、やっぱり友ちゃんだ。
そりゃそうだ。
あの音楽は、友ちゃん専用の音楽。
他の人の訳がない。

でもちょっと期待した。
友ちゃんじゃないことを、期待した。

なんでかな。
おかしいな。

誰よりも大好きな、声。
ずっとずっと、聞きたかった声。
いつ聞いても、嬉しい声。

「………どうしたの、友ちゃん」
『ん、特に用事はない。ただ話したくて』

ずるい、ずるいずるいよ、
ずるいよ、友ちゃん。
ひどいよ。

カウント、マイナス1.
これで、残り5。

今日は、カウントしなくて済むと思ったのに。
今日は喜びだけに、浸っていられると思ったのに。

ひどいよ、友ちゃん。

『みのり?』
「あ、ありがとう。嬉しい。大好きだよ、友ちゃん」
『うん、今大丈夫?』

どうして、そんな嬉しいことを言うの。
今までメールはしても、電話なんてしなかったのに。
どうせ毎日会うからって、電話なんてしなかったのに。

どうして、今日に限って、こんな。

ううん、違う。
嬉しいの。
すごくすごく嬉しいの。
電話をずっと待っていた。
こんな風に、友ちゃんと話したかった。
これも、ずっと夢見ていた妄想の一つ。

嬉しいよ。
とっても嬉しいよ。
大好きだよ、友ちゃん。

でも、悲しいよ。

どうして、悲しいんだろう。
どうして、こんなに胸が痛いんだろう。

夢見ていた、恋人生活。
夢見ていた、電話でのお話。

どうして、こんなに悲しいの。

「……っふ」
『みのり?』
「な、なんでもないよ。今日ね、ずっと、ね、昨日のこと考えて、た」
『そっか』

声の震えはばれてないかな。
上ずっているのを、気づかれてないかな。

泣いているのが、わかりませんように。

苦しいよ。
友ちゃん、苦しいよ。

涙が、止まらないよ。


後、残り5。






7   TOP   5