カウント9。 さあ、今日は勇気を出すぞ。 頑張れ、私。 後9日間。 後悔のないように頑張ろう。 絞り出そう、とびっきりの勇気を。 後になって、あの時ああしていたら、なんて思いたくないもんね。 だから、やれることはやっておこう。 頑張ろう、私。 頑張って。 そんで、笑おう。 いっぱいいっぱい、笑おう 最後まで、泣かないで、頑張ろう。 今日も二人で登校。 手をつないで、登校。 嬉しいな。 今日も友ちゃんの手は大きくて温かい。 幼稚園の頃から変わらず、温かい。 私の手を引いてくれたあの時から、ずっとずっと変わらない。 ずっとおっきくなって、ずっと堅くなったけど。 それでもその温かさは変わらない。 ずっとずっと覚えている。 これからもずっとずっと、忘れない。 この手が一瞬でも、私のものだったこと、忘れないよ。 あ、あ、私のものとか言っちゃった。 ごめんなさい。 ちょっと調子乗りました。 「どうした、みのり?」 いつもうるさいくらい話している私が黙り込んでいるのが気になったのか、友ちゃんが聞いてくれた。 私は慌てて首をふる。 「ううん、なんでもないよ」 「そっか」 そして友ちゃんはまた前を向く。 なんか自然な感じ。 話していなくても、気まずくない。 嬉しいな。 友ちゃんと付き合う前は、少しでも間が空くのが怖くていっぱい話した。 友ちゃんが、私といる時間を退屈に思うのが嫌で。 黙っているのが怖くて。 ちょっと空いた隙間に、ウザいって言われてしまうのが怖くて。 話している方がウザいかもしれないのだけれど。 話しているうちに頭がいっぱいになっちゃって変なこともいっぱいしゃべった。 話し終って、後悔することもいっぱいあった。 でも、友ちゃんは嫌わないでくれた。 今も、一緒にいてくれる。 今、黙って一緒にいることが、できる。 今日もありがとう。 沢山のありがとう。 心がほっこりと温かくなる。 優しい優しい友ちゃん。 よし、優しい友ちゃんに便乗して、勇気を一つ出します。 あ、やっぱり手が震える。 いつまでたっても成長しない。 まるであの時の、最後の告白の時のような。 心臓がバクバクとものすごい勢いでなりだす。 頑張れ、私、頑張れ。 後悔をしないために、頑張れ。 「あの、あのね、友ちゃん」 喉がひくついて、声が震えた。 ああ、恥ずかしい。 顔が熱くなる。 指先が冷たくなる。 「ん?」 友ちゃんが首をちょっと傾げて私を見る。 表情が穏やかで、嬉しい。 私といることを、嫌だと思っていないことが、嬉しい。 これでもね、ずっとずっと見てきたから。 自分でも怖いくらいずっとずっと見つめてきたから。 だから分かるよ、友ちゃんが今イライラしてないことも、怒ってないことも。 多分、安らいでくれていること、分かるよ。 多分ね、たぶん。 だから、調子に乗っちゃう。 後先を考えない。 ウザがられても知るもんか。 「あのね、あの、あ、あさ」 「うん?」 「あ、あさ、あさ、あ、あさ」 「朝?」 ああ、だめだ言葉が出てこない。 怖い。 やっぱりウザがられたらやだな。 断られるのは、怖いな。 もう、断られるのは、嫌だな。 友ちゃんの表情が困ったり、凍ったりしたら、いやだな。 こんなにも臆病になっている。 一緒にいたのはたった3週間と4日。 片思いして、告白してきたのは、その何十倍。 ずっとずっとふられ続けて、ずっとずっと断られ続けた。 それなのに、たった3週間と4日で私はこんなに弱くなった。 断られるのが、怖くなった。 いやだな。 本当に後9日で、私は笑ってさよならを言えるだろうか。 「朝が、どうかしたのか?」 「えーと、違くて、えっと、あさ」 「だから、なんだ?」 友ちゃんはイライラした様子も見せずに、付き合ってくれている。 こっちのほうがウザがられるかも。 早く言わなきゃ。 これ以上、待たせたらいけない。 たった一回断られるくらい、なんだ。 勇気を出せ。 「あ、あさ」 「うん」 「あさ………の占い、私1位だったんだ」 「そうか、俺は7位だった」 「え!悪い方だ!どうしよう!」 「いや、どうしようもないだろ」 「ラッキーアイテムは!?」 「ビーフストロガノフを食べろって。どうしろってんだ」 「私、買ってくるよ!」 「くるな」 あああ、そうじゃなくて。 こんな些細な会話も楽しいけど、そうじゃなくて。 友ちゃんの冷静なつっこみも、こつんて頭を殴られるのも大好きなんだけどそうじゃなくて。 だめだめだ、私。 だめだめ。 …明日にしようかな。 明日でもいいんじゃないかな。 「それで、どうしたんだ?」 それなのに、友ちゃんはそう聞いてくれた。 思いっきりくじけそうな私にそう聞いてくれた。 「え?」 「何か言いたいことがあるんだろ?なんだ?」 「な、なんで分かったの!?」 「いや、わかるだろ」 胸が熱くなって、涙が出そう。 わかってくれたこと、嬉しいよ。 私の言いたいこと、気にしてくれて、嬉しいよ。 だったら私も、勇気を出さなきゃ。 「あの、あのね、図々しいんだけどね」 「うん」 「怒るかもしれないけど、えっと、殴ってくれてもいいんだけど」 「まあ、話の内容による」 「う」 「でも言ってみろ、聞かなきゃ分からない。ちゃんと聞くから」 「う、うん。じゃあ言うよ!」 「うん」 友ちゃんが立ち止まって、私の方を向いてくれる。 えっと、まだ登校時間大丈夫だっけ。 いや、そんなことは今さらどうでもよくて。 いや、どうでもよくないけど。 だったら早くしなきゃ。 ここまで来て、こんな現実逃避している場合じゃない。 「あ、あさ」 「うん」 「明後日の土曜日、一緒に遊びに行ってくれまへんか!?」 あ、なんか訛った。 大阪弁になった。 恥ずかしい。 顔から火が出そう。 全く決まらない。 私、どうしてこうなんだろう。 しばらくして、友ちゃんからの返事はまだない。 どうしたんだろ。 や、やっぱり、怒っちゃったかな。 恥ずかしさから伏せていた顔を、恐る恐るあげる。 友ちゃんは、無表情だった。 えっと、あれ。 「え?」 「え?」 「え、何?」 「えっと、だから明後日の土曜日、一緒に、遊びに、いって、ほしい、なあ、って」 「え?」 う、や、やっぱり嫌だったのかな。 相変わらず友ちゃんは無表情。 ど、どうしよう。 それとも、本当に聞こえてないんだろうか。 声が小さかっただろうか。 「あ、えっと、すっごく暇で他にすることなかったら、少しだけ時間割いてもらえないかなあ、なんて…」 「…………」 「なんて、やっぱり嫌だよね!ごめんなさい!嘘です!冗談!忘れて!」 恥ずかしい。 なんて思いあがっちゃったんだろう。 もしかしてOKしてもらえるんじゃないか、なんて思っちゃった。 逃げ出したい。 穴があったら入りたい。 胸がしくしく痛む。 久々の、痛み。 嫌われちゃったら、どうしよう。 カノジョづらして、勘違いすんなって感じだよね。 ウザい、ウザいよ、私。 「は、早く学校行こ!遅刻しちゃう!」 とりつくろうために、私は友ちゃんの手をとって早足で歩きだす。 わ、手が汗ばんでる。 一歩歩いて、その手がくいっとひかれる。 私はつんのめってこけそうになる。 振り向くと、友ちゃんは無表情で私を見下ろしていた。 う、その無表情が怖いよ。 友ちゃんはあんまり表情が動かないけどさ。 「あ、えっと、友ちゃん?」 「みのり、今のはデートの誘い?」 「え、えっと、いや、その冗談で、えっと、なんていうかはずみというか」 ああ、怒ってるのかな。 どうしよう、泣きそう。 嫌われちゃったかな。 ウザかったかな。 どうしよう。 なんとかして誤魔化そうして言葉を探すも、混乱した頭は意味不明な言葉ばっかり出てくる。 は、早く逃げたい。 いたたまれない。 「友ちゃん、早く学校行かなきゃ、遅刻しちゃう」 「みのり」 でも、友ちゃんは許してくれない。 手をひっぱられて、また向かい合わせになった。 背の高い友ちゃんを見上げる。 その二重の綺麗なアーモンドの形の目は、私をじっと見ていた。 うう。 友ちゃんの意地悪。 「そ、その、デートの、誘い、でした……、ご、ごめんなさい!」 「……そっか」 友ちゃんは、ちょっと呆けたように口を開く。 呆れちゃったかな。 本当にごめんなさい。 どうしよう、どうしたら許してもらえるかな。 でも。 「そっか」 友ちゃんはもう一回確かめるように、つぶやくと。 それから。 「そっかあ」 笑った。 くしゃりと、顔を歪ませて。 いつもクールで無表情な友ちゃんが。 私の友達が、あいつかっこつけててサムい、とか言われちゃうぐらいクールな友ちゃんが。 笑った。 無防備に、子供のころみたいに。 「どこに行きたいんだ?」 「あ、ま、まだ考えてない」 「なんだそれ。ま、いっか。今日帰りに雑誌買ってこうぜ。どこ行くか決めよう」 「え、う、うん」 私は友ちゃんの笑顔に見とれて、ロクな返事が返せない。 友ちゃんは私の手をとって、今度は率先して歩きだす。 はずむような足取りで。 いつもよりちょっと早足で、私はかけ足になってしまう。 「ちょっと遠出するのもいいよな。次の日休みだし」 「う、うん」 「いっそ、泊まりでもいいな」 「うん、て、え!?」 「うそうそ、俺、日曜バイトだし。でも、シフト変わってもらってもいいな」 「駄目だよ、そんなの!」 「はは、残念。まあ、金ないしな。どこがいっかな」 どうしたんだろ。 すごい、テンション高い。 口数多いし、冗談なんて言って笑って。 えっと、はしゃいでる? はしゃいでるのかな。 珍しい。 本当に友ちゃんはクールだから。 そんなところも、大好きなんだけどね。 土曜日、そんなに暇だったのかな。 予定出来て嬉しいとか。 それなら、嬉しいな。 喜んでもらえたなら、嬉しいな。 ウザがられなくて、よかった。 友ちゃん、暇でよかった。 半歩先を行く見慣れた友ちゃんの背中を見ている。 でも、あの頃のように胸は痛くない。 繋がれた手があったかくて、胸もぽかぽかと暖かい。 友ちゃんの背中が、大好きだ。 「お前は、どこが行きたいんだ?」 友ちゃんがにっこりと笑って、振り返る。 めったに見ることのできない笑顔の大盤振る舞い。 その笑顔に、涙が出そうになる。 胸がきゅーと締め付けられて、痛い。 嬉しいのに、痛い。 苦しい。 涙が出そう。 なんでだろ。 こんなに嬉しいのに。 私は必死に笑顔を作る。 だって、泣いたらおかしい。 こんなに嬉しいのに。 だから、笑う。 そして、心からの言葉を返す。 「友ちゃんと一緒なら、どこでもいい」 友ちゃんは一瞬、目を丸くして、そしてやっぱり笑う。 こつんと、大きな手で私の頭を叩く。 「ばーか。お前が誘ったんだからお前が考えろ。お前が行きたいところに、行くんだ」 だめだ。 泣きそうだよ。 どうしよう。 でも泣かないって決めた。 後残り9日間。 絶対に、泣かない。 だから、笑うよ。 友ちゃんと一緒にいる間は、いっぱいいっぱい笑うの。 「友ちゃん、大好きです」 友ちゃんが、笑う。 だから、私は嬉しいです。 私はあなたが、大好きです。 後、残り8。 |