カウント8。 「みのり、何見てんのって…、ああ、聞くまでもなかった」 千賀ちゃんが、窓の外を見ている私に問いかける。 そして自分も視線を向けて、納得したように頷いた。 「うわ、あいつまた女に囲まれてるよ……」 「友ちゃん、モテるよねえ」 「私にはさっぱり理解できません」 千賀ちゃんはそう言ってバッサリ切り捨てた。 こう言ったサバサバした所が、千賀ちゃんのいいところ。 そのさっぱりとした性格は、私にはないものだから憧れる。 少々ウザくて痛い私に、呆れもせずに付き合ってくれるいい人。 私は千賀ちゃんが大好きだ。 「本気でどこがいいんだ、あいつの」 「友ちゃん、頭いいし、運動神経いいし、かっこいいもん」 「どれも特別って訳じゃないし。あいつより頭がいい奴も運動神経いい奴も顔がいい奴もいっぱいいるのにね」 「それに、友ちゃん優しいから」 「あー?」 心底疑わしそうに、千賀ちゃんは嫌そうな声を出す。 そんな態度に私は小さく笑ってしまう。 全く本当に、千賀ちゃんは正直ものだ。 「友ちゃん、いつも無表情でしょ。でもね、さりげなく優しいんだよ。荷物持ってくれたり、委員とか、ゴミ捨てとか、嫌な役目引き受けてくれたり」 「あー、そういうギャップにやられる訳ね。いやらしいやつ」 「ひどいなあ」 つい、噴き出してしまった。 千賀ちゃんは高校生になってから知り合った。 長いストーカー歴を知らないせいか、私に同情的だ。 その分、友ちゃんに辛辣。 友ちゃんは、悪くないのになあ。 「そういうところが、いいんだって。前の前の友ちゃんの彼女が言ってた」 「あー………、なんつーか、まあいいけど」 千賀ちゃんは何か言いかけて、私から目をそらした。 私もつられて、校庭に視線を戻す。 そこには、どうやら次の時間体育らしい友ちゃんのクラスの人たちがいた。 寒い中、みんな身を竦めている。 友ちゃんは、友達と一緒に女の子3人に囲まれていた。 そう言えば、あの子のうち1人が友ちゃんを好きだって、噂があったっけ。 ちくちくと、胸が痛む。 友ちゃんは本当にモテるなあ。 「それにしてもいいの、あれ?私の男に手を出してんじゃないわよ!とか言わなくて」 「へ、ああ、うん、いいの」 「お、余裕だねえ。カノジョの貫録?」 「えーと、ていうかね」 千賀ちゃんの言葉は、正しくない。 そんな余裕なんて、ある訳ない。 友ちゃんがいつ私を捨てて、ほかの子のところに行ってしまうか、不安でしょうがない。 私はない頭をフル回転させて、なんとか説明する言葉を紡ぎだす。 「あのね、友ちゃんて彼女さんとあんまり長続きしないでしょ」 「えーと、そこまで興味ないからなんとも。そうなんだ」 「うん、一番短いので1週間で、一番長いので9ヶ月13日」 「…あんたのその数え癖、正直怖いわ」 「だよね。私もそう思う」 分かっていはいるんだけれど、やめられない。 友ちゃんに関わるすべてを、記録してしまう。 数学も物理も、理系はすべて苦手なのに、これだけはしっかり覚えてしまう。 だって、友ちゃんのことだから。 ああ、これって本当に怖い。 ストーカー以外の何物でもない。 「で?」 「あ、うん。それね、ほとんど、私のせいなんだ」 「え?」 「友ちゃんが、彼女さんと別れちゃうのって、私のせい」 窓の前に並んで校庭を見下ろしていた千賀ちゃんが、私に視線を向ける。 不思議そうに眼を丸くする千賀ちゃんに、ちょっとだけ言うかどうか躊躇う。 まあ、もう分かってることなんだけどね。 周知の事実っていうか。 でも、やっぱり自分のいやらしいところを言うのは、ちょっといやだ。 けど、千賀ちゃんならきっと私を見捨てたりはしないだろう。 軽蔑されたり、怒られたりは、するかもしれないけど。 私は大きく息を吸って吐くと、千賀ちゃんに視線を合わせた。 「私ね、本当にずっと、ずーっと友ちゃんの後をおっかけてたでしょ。彼女さんがいても、やめなかった。ずっとずっと告白し続けてた」 「ああ、うん」 「友ちゃんには振られ続けてたけど、でも、やめろって言われなかったから、それに甘えてずーっとしてた」 「うん」 「でもそれって、彼女さんからしたら、最低だよねえ」 それは、とっても当然のこと。 付き合っている彼氏が、別の女に追いかけ回されている。 それって、本当に最低だ。 友ちゃんは優しいし、私は幼馴染だから許容されていたけれど、彼女さんからしたらそんなのしったこっちゃないだろう。 彼女のいる男から、虎視眈々と略奪愛を狙う女。 どっからどう見ても、最低以外の何物でもない。 「…まあ、それは最低だわな」 千賀ちゃんは、返事に困ったようにしばらく逡巡してからそれでもそう答えた。 だから、千賀ちゃんは好きだ。 ちゃんと私の言葉を聞いて、そしてストレートに返してくれる。 ごまかしたりしない。 自分をごまかし続ける私と違って、とてもまっすぐで気持ちがいい。 「分かってたんだけどね。彼女さん、嫌だってこと。というか、はっきりやめろって言われたことあるし、別れた後に、あんたのせいだって、言われたこともあるし」 分かってた。 ずっと分かってたよ。 分かっていたんだけどね。 彼女さんには本当に私なんて消し去りたいぐらい目障りな存在だって。 友ちゃんにとっても、絶対迷惑な存在だって。 でも。 「でもね、私は自分の、わがままを優先させたの」 後少し、後少しって。 一万回だけ、許してって言いながら。 私は彼女たちに、そして友ちゃんに自分のわがままを押し付け続けた。 自分の都合を優先させた。 他の人の都合なんて見なかった。 だって、私は友ちゃんといたかった。 どんな理由つけてでも、少しでも長くいたかった。 「千賀ちゃん、言ってくれるよね。私は一途だって、健気だって。そう言ってくれる人、いるけどね」 「…………」 千賀ちゃんは相変わらず言葉に困ったように黙りこんでいる。 まあ、困るよね、こんなこと言われても。 本当に、嫌われちゃったら嫌だな。 それも、自業自得なんだけど。 「私、最低だよ。友ちゃんと彼女さんたちの仲をぶち壊して、そこに居座ってるの」 一万回頑張ったご褒美、なんてさ。 なんて図々しい。 その一万回の裏で、きっと誰かが泣いていた。 私と同じように、泣いていた。 その人たちを踏みにじって、私は今、友ちゃんの隣にいる。 「本当はね、私たぶん、報われちゃいけなかったんだ」 それできっと、ギリギリセーフだったんじゃなかったのかな。 一万回振られて、ようやくスレスレで許されたんじゃないかな。 今までないがしろにした人の分、許されたんじゃないかな。 「でも、私嬉しくって。友ちゃんが付き合おうって言ってくれたのが、本当に嬉しくて。頷いちゃった」 今までの彼女さん達に勝った、って気分にもなったよ。 本当に最低。 図々しい。 友ちゃんの隣にいる権利なんてないぐらい、汚い女。 でもね、私は友ちゃんの手をまだ放せない。 後、8日。 そう言って、私はまだ自分を甘やかし続ける。 どこまでも人の都合を考えないで、自分のことを優先させる。 「だからね、せめて、私と同じような人が現われても、文句言ったりしないの」 「あんたと同じって?」 「私みたいに、彼女がいても、それを邪魔してでも、友ちゃんが好きだって人」 私にそれを文句をいう権利はない。 だって、それは私。 友ちゃんが誰を選ぼうと、私が邪魔するなんて許されない。 でも、せめて後8日だけ待ってもらえると、嬉しいけどね。 「…………」 「千賀ちゃん、ひいた?」 「………うん、ひいた」 千賀ちゃんはやっぱり正直に頷いた。 そりゃそうだよねえ、私だっていやだ。 こんな重くて痛い女。 「あはは、だよねえ」 「ていうか、まずあの男にそこまでいれこめることにひくわ」 「へ?」 千賀ちゃんはひとつ鼻で笑うと、校庭に視線を移す。 そこには同じクラスの女子と何か話している友ちゃんの姿。。 「ていうか、そもそもそれはあいつが優柔不断なのがいけないんでしょ。彼女が嫌だって言うんならあんたを殴ってでも振り払うべきだった」 「うーん、友ちゃん優しいから」 「それは優しいとは言いません。その彼女たちだって、本当にあいつが好きならしがみついてでも別れなきゃよかったんでしょ。あんたの存在なんて無視してさ。私だったらあんたと取っ組み合いしてでも放さないね」 千賀ちゃんは不敵に笑って、切り捨てた。 相変わらず、そのズバズバとした物言いは小気味いい。 だからつい笑ってしまった。 「千賀ちゃんは、かっこいいなあ」 「だから、あんたもそんな卑屈な考え方してんじゃないわよ。嫌なら嫌って言え」 「うーん」 千賀ちゃんは優しい。 私を甘やかしてくれる千賀ちゃん。 本当に優しい。 校庭にいた友ちゃんが私に気付く。 口の端をあげて、手をふってくれた。 私は嬉しくて、身を乗り出して手を大きく振った。 呆れたように友ちゃんが肩をすくめる。 その仕草の一つ一つに、私の胸が躍る。 あの人が隣にいてくれるなら、私は他のどんなものを犠牲にしてもかまわないって、思ったのは確か。 そして、それを実行した。 やっぱりね、千賀ちゃん。 私はやっぱり、私は最低だと思うんだ。 後、残り7。 |