「うわ、ど田舎」
「おい」

駅舎から出た途端、天が呆れたような声を出した。
一応たしなめるが、内心その言葉には同意だった。
特急が止まる駅なので、そこそこ大きいはずなのだが、見渡す限り、木ばっかりだ。
まあ、これがど田舎なのか、普通の田舎なのか、遠出をしたことのない俺には分からないが、とにかく自然が広がっている。

ずっと座っていて凝り固まった体をほぐすために腕を伸ばす。
見上げると、今にも雨がふりそうな曇り空。
どんよりとした空気は湿っていて、一気にTシャツが汗ばむぐらい、蒸し暑い。
けれど、山の上だからか時折吹く風は涼しい。

「えっと、こっから」
「迎えが来ているはずだよ。車でまだかかるんだって」

うんざりとしたように天が肩をすくめる。
旅のわくわくは消えてないが、さすがに俺も疲れてきた。
家を出てから早半日。
ずっと乗り物に乗りっぱなしで、いい加減ケツも痛い。

「………失礼ですが、宮守の方でいらっしゃいますか」
「あ」

いきなり、後ろから声をかけられた。
ふりむくと、そこには白い狩衣姿の中年男性。
その後ろには景観にそぐわない高そうなピカピカの黒い車がある。

「はい、宮守宗家から、東条家の招きに応じ、邪気払いに参りました」

俺が何か言う前に、天は向き直り頭を下げる。
慌ててそれに従って頭を下げる。

「………随分と」

ポマードだらけの髪を後ろに撫でつけたてかてか頭は、俺たちを値踏みするようにじろじろと見る。
なんだこのじじい、感じ悪い。

「まだ若輩の身ですが、当主の信を受けてきております。お役目は果たしますので、どうぞご安心を」
「あ、これは失礼。宮守の方に不安などもつわけがありません。どうぞこちらへ」

天の流れるような口上に、じじいは背を伸ばし慌てて車に促す。
そうか、俺たちが若すぎるから、不審に思ったのか。
まあ、そりゃそうか。
どっからどう見てもガキ以外の何ものでもない。

「兄さん、顔に出てるよ」
「あ」
「よくあることだよ。いちいち気にしない」

小さな声で、天にたしなめられる。
不満が顔いっぱいに出ていたのだろう。
しまった。
頬に手をあてて、真面目な顔を作る。

車に乗り込むと、運転席にはスーツ姿の男がいた。
助手席に座ったじじいは俺たちの会話は聞こえていなかったらしく、後ろを見て少し表情を緩める。

「長旅で疲れたでしょう。あと少しですので、申し訳ないが御辛抱を」
「いえ、わざわざありがとうございます。ご足労おかけいたしました」
「はは、それはこちらの台詞です。しかしさすが宮守宗家の方だ。お若いのにしっかりしていらっしゃる」
「恐縮です」

天の奴、じじくせえ。
恐縮です、とか中学生が使う言葉か。
本当に生意気。

「ご兄弟とお聞きしていましたが、お兄様は高校生ですか」

お兄様、のところで四天を見やがったこのじじい。
むっとして黙り込んだ俺に、天はちらりとこちらを見て口の端を持ち上げる。
くっそ、ムカつく。

「私はまだ中学生です。兄は高校の二年になります。」
「あ、あなたが弟さんなんですね。ああ、これは失礼した。申し訳ない」

自分がやらかしたことに気付いたじじいは慌ててぺこぺこと頭を下げる。
天は片眉をあげて、押し隠してはいるものの笑いだしそうだ。

「いえ、いつものことですので………」
「いやいやいやいや、しかししっかりとした弟さんですな」
「………はい」

どうせ、俺の方が背が小さいよ。
俺のほうがガキくさいよ。
恐縮です、なんて言葉でてこねえよ。
仕事もしたことねえよ。
彼女もいねえよ。

その後、気まずくなった車内は無言のまま目的地へ向かった。



***




30分ほど車に揺られてついた集落は、本当に山奥にあった
けれど中々栄えていて、なぜか降りた駅よりも店や家が多く感じた。
俺が初めて見る光景にきょろきょろとしているのに気付いたのが、おっさんが少し笑って後を振り向く。

「田舎で、驚かれたでしょう」
「はい、あ、いえ!」
「はは、いいんですよ。田舎には変わりないんですから。でも、いいところですよ」

流れる景色を眺めながら、おっさんは頬を緩める。
本当に、この村を愛しているのだろう。
その表情は安らいでいて、なんだかこっちも穏やかな気分になる。

「………はい、綺麗なところですね。それに、人が多い。畑も、いっぱい」

大通りは、人が行き交っていた。
みんな穏やかな表情で、挨拶したり、会話したり、どこかへ急いだり。
子供も多い。
勿論俺の住む街とは比べ物にならないが、こんな田舎なのに過疎の気配はない。
俺の心からの言葉が伝わったのか、おっさんが嬉しそうに笑う。

「全部、東条家のおかげですよ。東条家があるから、この村はこんなところでも豊かなんです」

東条家は、今回宮守を招いたこの地の管理人だ。
どうやら、村の人たちにはとても慕われているらしい。
おっさんの顔には敬愛が浮かんでいる。

「ほら、見えてきましたよ。あれが東条家です」

指差した先、村の最奥、ひときわ大きな山のふもとに、その家はあった。
村の有力者であるらしきそのおっさんは、俺たちを下ろすと頭を下げて去っていった。

お手伝いさんがすぐに出てきて、荷物をとりあげられると奥に案内される。
不審じゃない程度に、ちらちらと辺りを見回す。
宮守の家ほどではないが、圧倒される古さとでかさ。
古さではこの家のほうがかなりのリードのせいか、どこか重苦しい空気を感じた。

通されたのは、おそらく大広間。
30畳ぐらいはありそうな部屋に、ぽつりと四天と俺二人だけ残される。
その後すぐに背筋のぴんとのびた、和服を着こなした威厳のある老女が現れた。

「遠いところ、ようこそおいで下さいました」

どうやらこの人がこの家の、東条の当主らしい。
さすがにさっきのおっさんとはオーラが違う。
張りつめた空気と、鋭い視線は、ちょっと怖い。

「東条家現当主、東条静子と申します。この度は要請に応じていただき、誠にありがとうございます」

年若い俺たちを侮りもせず、格上の客人として扱い下座に座った女性は、綺麗な仕草で頭を下げた。
天が自然に、そして俺は慌ててそれに倣う。

「当主が直接伺うことができず、大変申し訳ございません。宮守家当主に代わりお役目を受け賜りました宮守宗家の四天、こちらは兄の三薙と申します。至らぬ身ですが、身命賭してお役目果たしますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「宮守家当代一と言われるお方においでいただけるとは、身に余る光栄。これで大祭もつつがなく終えることができるでしょう。ご当主様にも感謝の念が堪えぬと、どうぞお伝えくださいますよう」
「もったいないお言葉でございます」

そのやりとりに、俺は口を挟めずただじっとしている。
何もできなくて、弟に任せきりの自分が情けなくなってくる。
これじゃ、俺が弟に見られるわけだ。

だめだ。
これは初仕事だ。
そう、仕事なんだ。
そうだ、仕事のやり方を覚えればいいんだ。
腐るな。
初めてなんだから分からなくて仕方ない。
天のやり方を、覚えろ。

「お二人にお願いしたいことは、大祭前の邪気払い。祭りを前に邪が騒ぎ出しております。4つの末社とそして本殿の邪気を静め、清浄に祭を迎えられるよう祓いをお願いいたします」
「当主から聞き及んでおります。大祭は三日後でしたか」
「はい、ワラシモリの祭りが三日後に控えております。明日、明後日とでお役目を果たしていただくことになります」
「受け賜りました」
「後ほど、宮司に詳しい式次第の説明と、社殿の場所の案内をさせましょう。どうぞ、お疲れでしょうからしばし休息をお取りください」
「お心遣い、感謝いたします」

一言も何も言えず、ただそのやりとりを見ている。
天の奴、いつもこんなことを、しているのか。
元々中学生には見えない奴だけど、一段と大人びて一兄とかと同い年くらいに見えてくる。
その姿は、まだまだ幼いのだが。

ちらちらと東条の老女と、四天に視線を送る。
その時、そっと障子が開き先ほどのおっさんよりは幾分若い、でもやっぱり狩衣の男が入ってきた。

「失礼いたします」
「お客人を部屋まで案内してさしあげて」
「かしこまりました」

どこか神経質そうな眉をした男は、俺たちをそっと手で促す。
俺と天は、最後にもう一度当主に頭を下げた。

「どうぞ、こちらへ」
「では、ご当主様、失礼いたします」
「お役目、よろしくお願いいたします」

老女は、ぴんと伸ばした背で、俺と天を見つめ返した。



***




「はああああああああ」
「どうしたの?」

先ほどよりは小さい、それでも10畳以上はゆうにある和室に通された。
案内した男がいなくなった途端、俺は畳に座り込んで大きくため息をつく。

「肩こるなあ、これ。つっかれたあ」
「そのうち慣れるよ」
「お前、いっつもこんなんしてるのか」
「お仕事だからね」

天は着ていた夏用のアウターをハンガーにかけ備え付けられた衣装箪笥にしまっている。
几帳面なやつ。
しかし、なんか、経験値の違いを、感じる。

ちりちりと、嫉妬が胸を焼く。
当代一の力の持ち主。
四天の名は、そんなに知れ渡っているのか。
一兄も双兄も、すごい人たちなのに。
なんで、こんな奴が。
一番下の、弟なのに。

「兄さんもへばってないで、早く荷物を片付けたら」
「あ、うん」

返事をしながらも、それでも力が入らず壁に寄り掛かる。
それにしても、疲れた。
ずっと電車に揺られて、おっさんにムカついて、おばあちゃんに緊張して。
盛り沢山、フルコースって感じ。

もう一度大きくため息をつく。
疲れた。
喉が、渇く。

水を飲もうかと思って、辺りを見回して気づいた。
違う。
喉に手を当てる。
さっき、出されたお茶を飲んだばかりだ。
喉が渇いているんじゃない。

これは、飢えだ。
飢えてる。
力が、足りなくなってきている。
倦怠感も渇きも、力がないからだ。

そういえば、あの時もらいそこねて、そのままずるずると供給を受けていなかった。
明日から仕事だって言うのに、これじゃ何もできない。
足手まといになるだけだ。

もらわなきゃ。
四天から、供給を受けなければ。

あの白い力を、もらう。
想像してごくりと、渇きをいやすようにつばを飲み込む。

頼むのはいやだ。
頭を下げるのは嫌だ。
でも、そんなことは、言っていられない。
ここには、四天しかいない。

「………あ」
「全く、本当にこんなど田舎に兄さんと二人で仕事とか、最低な夏休みだよね」
「え」

自分の荷物を片づけていた四天が、突っ立ったままぼやく。
俺は座ったまま、天を見上げる。

「栞とも4日も会えないし、仕事仕事でうんざり。もう少し学生らしい生活をさせてほしいね」

その言葉に、ちりちりとまた、小さく胸が焼ける。
無尽蔵の、膨大な力を持ち、それを使いこなす四天。
あらゆるところから引っ張りだこの、弟。
それに対して、何もできずにただ家畜のように力の供給をうけて生きる俺。

俺が欲しいものを全て持っているくせに。
渇望してやまないものを所持して、そして傲慢にぞんざいに扱う。

悔しい。
悔しい悔しい。
悔しい。

なんでこんなに不公平なんだ。
どうして、俺は力がないんだ。
どうして、四天だけ。
俺がそれを持っていたら、どんなによかったんだろう。
こんな、価値が分からない奴に、なんで。

「………悪かったな。俺みたいな役立たずが一緒で」
「そうは言ってないでしょ。兄さんってどうしてそう卑屈なの?」

馬鹿にしようにため息をつく四天。
頭に血がのぼる。
どうして、こんな奴に。
一兄でも双兄でもなく、なんでこんな奴にだけ。

「うるさい!卑屈で悪かったな!」

これ以上四天の整った顔を見ていたくなくて、俺は起き上って部屋を飛び出した。








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