「………てことで」
「はい、では手はず通りにお願いします」
「承知いたしました」

この声は、天と、熊沢さん、か。
なんか難しそうな話、してる。
熊沢さん、仕事の時はこういう真面目な話し方するんだな。
家にいる時は、いつもちょっとくだけてるから、なんか変な感じ。

「あ、れ」

枕、堅いな。
寝心地悪い。
明るいし。
今俺、どこにいるんだっけ。

「あ、お目覚めですが三薙さん」

眼をうっすら開けると、それに気づいたのか意外と近い位置にいた熊沢さんがにっこりと笑っている。
外見はとても真面目な人なんだけど、やっぱり笑顔がなんか胡散臭い。
なんでなんだろう。
そういえば笑い方も、ちょっと双兄に似てるかも。

「………くまさ、わさん?」
「はい、おはようございます」

寝ている俺の向かいに正坐して座っている。
えっと、そうだ一緒に仕事に来ていたんだ。

「おはよう、ございます……」

ちょっと高い枕に、体勢を整えようとして体をひねると、俺を見下ろす天と眼があった。
あ、天もいるんだ。
そうだよな、さっき熊沢さんと天が話してたし。

「て、うわあ!!」

そこで状況に気付いて、俺は枕から転げ落ちた。
というか枕にしていた天の足から。

「あ、えっと」

一気に眼が覚めた。
ていうかなんで俺、天の膝で寝てるんだよ。
って、まあ、供給した後のいつもの眠気で、そのまま寝ちゃったからなんだけど。
いや、ていうか今の姿を熊沢さんに見られたのか。

「え、えっと、これは!」

勢いよく体を起こし、天の向かいに座っていた熊沢さんに何を言ったらいいか考える。
熊沢さんは俺の動揺なんて気にした様子もなく、相変わらず穏やかににこにこと笑っていた。

「はいはい?」
「あの、その」

えっと、今のは違うんだ。
これは不可抗力で。
寝ようと思って寝た訳じゃないんだ。

「どうかしたんですか?」
「………その」

熊沢さんは朗らかに笑いながら首を傾げて俺の言葉を待っている。
特にこいつ何いい年して弟の膝枕とかで寝てるんだよ、キモイよ、とかそう思ってるよう様子はない。
あれ、気にならないのかな。
なんか、俺の過剰反応がおかしいのかな。
まあ、あれってほら、介護みたいなものだし。
熊沢さんは、全然気にしてないのかな。
なら、いいかな。
このまま誤魔化せるかな。

「えーっと」
「はい?」
「あ、いえ、な、なんでもないです」

よし、なかったことにしよう。
動揺にしているの俺だけだし。
きっとそんな気にすることじゃないんだ。
うん。

「いやあ、しかし仲いいですねえ。膝枕だなんて」
「違います!」

と、話を流そうとした瞬間、熊沢さんがとても朗らかな笑顔でとんでもないことを言いだした。
顔が一気に熱くなってくる。
よりによってあんな情けない姿を見られるとは。
しかも天と仲がいいとか、ありえない。

「気持ちよさそうに寝てましたね」
「違いますから!」
「ははは、照れないでください」
「そうじゃなくて!俺はどうしても供給した後は眠くなっちゃうから!」
「はいはい。四天さんの膝枕で寝ちゃったんですね」
「繰り返さないでください!」

確かにその通りなんだが、すっごく否定したい。
ていうかなんで天もわざわざそのままにしてるんだよ。
落とせばいいだろうよ。
よりによってそんなところで仏心を出さなくていいよ。

「まあまあ、いいじゃないですか」
「よくないです!」

ヒートアップしていく俺と、とても楽しそうな熊沢さん。
そこで、大きなため息が後ろから聞こえてきた。

「とりあえず兄さんからかうのはそれくらいで。そろそろ夕食です」
「そうですね。さ、三薙さん、夕食頂きましょうか」
「っ」

さらっと会話を変える二人に、俺は怒鳴りつけようとして、何もできなかった。
ちくしょう、いつか見てろ。



****




夕食を終え、当主と祐樹さんに事情を説明してから、今日も捨邪地を訪れた。
中心の不死石にはいかず、昨日のあの被害者に会った場所から少しだけ離れた場所に身をひそめる。
雫さんは、夕食時も現れなかった。
話、聞きたかったんだけどな。

「………」

邪の気配は濃厚で、やっぱり気分が悪くなる。
でも今日は見つかってもいいってことだから、母さんの札を利用して結界を作っているから、少しだけ楽だった。

「早く来ないかな」

沈黙が耐えられなくなって、ぽつりとそう漏らした。
今日は見つかってもいい。
それは、昨日の偵察とは違い、今日は祓いに来たということ。
そして、それは俺が行うのだ。
緊張で、気ばかりが焦って、時間が過ぎるのがとても遅い。

「来るかどうかも分からないけどね」
「え?」

思わず聞き返すと、隣の天は呆れたようにため息をついた。
なんだよ、その馬鹿にしたような態度は。
ていうかまあ、いつも馬鹿にしたような態度なんだが。

「毎日毎日同じようなところに出るようだったら、すぐに見つかって、もっと噂になってるでしょ」
「あ、そうか」

そりゃそうだ。
ていうかそもそも石塚家も見れなかったんだし。
一日目で会えた俺達って実はかなりラッキーなのか。
ラッキーなのかな、これ。
今日会えなかったら、あいつに会えるまでずっと待ってなきゃいけないのかな。
そう考えるとラッキーだったのか。

「………来るかな?」
「どうだろうね」
「………」
「今から緊張しててもしょうがないよ」
「………うん」

天の言うとおりだ。
ずっと緊張しっぱなしで、疲れてきてしまう。
リラックスって訳にもいかないけれど、力を抜かなきゃ。

「………あの人ってさ」
「誰?」
「昨日見た、あの、被害者の人」
「うん」

黙ってるともっと緊張してきてしまいそうなので、思いつくまま話す。
天は少し面倒そうだが、返事をしてくれた。

「母さんぐらいの年の人だったよな」
「そうだった?」
「うん」
「そう」

変わり果てた外見だったが、中年の女性というのは見てとれた。
生前の姿は見当もつかないぐらい、ひどく腐敗していたが。

「………天は、被害者の人の、データ、見たんだよな」
「見たよ」
「どんな人?」
「聞いてどうするの?」
「え」

特に何か思った訳じゃない。
ただ、他の人達のデータは見たから、昨日の人のものも気になっただけだ。
だから、そんな返事が返ってくるとは思わなかった。

「あれは、祓うべき存在。それ以上でもそれ以下でもない。後始末が必要な場合は背景を把握することも必要だけど、今回は必要ない。ということで、余計な情報も必要ない」

天は面倒くさそうに言い捨てる。
確かにそうなのかもしれない。

「………でも」

祓うべきだからこそ、その人達の人生を知っておきたい、とちらりと思う。
俺があの人達の命を奪ったわけではないが、その人生の終わりの一端を担うのだ。
その痛みを、知っておきたいかもしれない。
黙りこんだ俺に、天は前を向いたまま、すらすらと流れるように被害者のデータを告げる。

「大野和子。42歳。お弁当屋さんでパートをしている普通の主婦。家族は夫に子供が二人。上の子は兄さんと同い年の息子。下の子は俺より二つ下の娘。失踪して一か月。すぐに捜索願は出されていて、子供たちは心配で学校も休みがちになっている」

与えられたデータは少ないのに、ありありとその様子が浮かぶような、情報。
家族仲良くて、一緒にご飯を食べて、お母さんが小言を言って、子供が反発して、でも一緒に出かけたり、旅行したり、笑って、泣いてってそんな、家族なんだろうな。
そんな、普通の家族だったんだろうな。

「満足?」

天が、こちらをちらりと見て、冷たく言う。
だからなんでこいつそんな攻撃的なんだよ。

「お前さ」
「し」

抗議しようとした時、そっと言葉をさえぎられる。
何かと思って言葉を飲み込むと、かすかにそれは聞こえてきた。

「あ」

チャリ、チャリ、チャリ。

一定の感覚の、規則正しい金属音。
それは、昨日聞いたばかりの音だった。





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