「おかえり」

結構話しこんでいたらしい、すっかり日は高くなっている。
雫さんと一緒に家に戻ってくると、四天は起きて身支度を整えていた。
疲れを見せない飄々とした顔で、俺をちらりと一瞥する。

「ただいま」

答えると、天は今日で帰るためだろう、荷物をまとめていた手を止める。
射抜かれそうな視線に居心地悪くて身じろいでしまう。

「何?」
「収穫はあったみたいだね」
「え」
「嬉しそうだから」

言われて、顔に手をやる。
そんなに緩んでいたのだろうか。
いや、触っても分からないんだが。
確かに、少しすっきりして、胸の重荷が晴れた気分にはなっている。

「あの人と何か話しできたの?」
「………うまく、出来たかは分からないけど」
「そう。何か分かった」
「あ、えっと」

雫さんに聞いた話を四天に伝える。
祥子さんとの喧嘩、場を荒らしたこと、その次の日祥子さんがいなくなったこと、探っても何も分からなかったこと。
喧嘩の原因である祐樹さんとのことは迷った末に、遠まわしに伝えた。
天が雫さんの気持ちまで気付いたかは分からない。

「………その、雫さんが、原因なのかな」
「一因ではあるかもしれないけど、多分違うと思うよ」
「え」
「兄さんの言った通り、場を荒らしたせいで起こる怪異だとしたら、不自然な点が多すぎる。人為的なものがあるしね」

また荷物をまとめる作業に戻りながら、あっさりと言う。
人為的なもの、か。
誰かにお膳立てされている、とも言っていたっけ。
結局それがなんなのか、誰なのか分からずじまいだ。

「………そっか」
「あのお姉さんが嘘をついて何かしてるのに黙ってるってこともあるかもしれないけど」
「そんなことない!」

思わず声を荒げてしまう。
あんなに苦しんで泣いていた雫さんが、何かしているはずがない。
もう、隠していることなんて、ないと思う。

「まあ、そうだろうね」

天は気にせず軽く肩をすくめた。
あっさりとした否定に、拍子抜けする。
ただ、と続ける。

「本当に、兄さんは絆されやすいね。あんまり情に流されないでね」
「………」
「まあ、兄さんはそういうものなんだけど」
「………悪かったな」

どうせ俺は冷静じゃないし、正しい判断もできないし、感情的で、そんなところでも役立たずだ。
落ち着かなきゃいけない、といつも思っているのに。
なんでこいつは本当にこんなロボットみたいにいつだって冷静でいられるんだ。
まるで、人間ではないかのように。

「大事なところだけは、見誤らないでね」

四天は冷たい目で一瞥して、ただ、それだけを言った。



***




今日の夕方帰ることになっているので、一応それまでは調査に費やすことになった。
四天が蔵で調べものがしたいというので、午前中はずっと蔵にこもりきり。
お茶をもらうために、暗く冷たい蔵から出てきたところで、母屋で雫さんにあった。

「三薙、今日帰るの?」

朝とはシャツが変わっているけど、やっぱりラフなジーンズ姿のまま雫さんはいきなりそう聞いてきた。
相変わらず、前置きとかない人だ。
なんだか、少し憮然としているように見えた。

「………うん、契約が今日までだから」
「………そう」

俯いて、形のいい赤い唇をきゅっと噛む。
ようやく少し心を開いてくれて、もしかしたらこれからだったら協力出来たかもしれないのに。
でも、当主が契約を打ち切った限り、これ以上ここに留まるのはナワバリ荒らしになる。
勝手な行動をする訳にはいかない。

「解決したの?」
「多分、してない。今日中には無理っぽい。噂になっていたものについては祓ったけど、なんで怪異が始まったのかは、分かってない」
「………そっか」

何もかも中途半端で投げ出すのは、居心地が悪い。
四天は割り切っているようだが、どうにも俺は納得できない。
仕事が二回目の経験不足の、未熟者の考えなんだろうけど。

「おじさんが、帰れって?」
「………」

なんて答えたらいいか分からず、思わず黙ってしまった。
それが、何より雄弁な答えになったようだ。
雫さんは顔を顰めて鼻を鳴らす。

「何考えてるんだろ、本当に、あの人。他の家の人をあんまり入れたくないんだろうけどさ。今度だってお兄ちゃんがすごい頼んで、あんたたちに来てもらったんだよ」
「あ、そうだったんだ」

俺たちは、祐樹さんの希望で呼ばれたのか。
ますます、何もできずに帰るのが申し訳ない。
おっさんはともかくとして、祐樹さんは本当に俺たちによくしてくれた。

「………中途半端で、申し訳ないけど」
「ううん、仕方ないよ。たった四日間だもん」
「ありがとう。後は、祐樹さんと二人で、解決してね」

二人だったら、きっと大丈夫だ。
二人で協力して、石塚の家を守っていってほしい。
そしたら、きっと大丈夫。

「………うん」

雫さんはぎこちなく、けれど優しそうに笑った。
うん、雫さんは、きっともう、大丈夫。
祐樹さんと、また、仲良くなれる。

「それにしても、あんな石ころに振り回されて、本当に馬鹿みたい」
「石ころって」

照れくさかったのか、雫さんが急に話を転換する
仮にも捨邪地の要を石ころ呼ばわりされて、苦笑してしまう。

「祥子の言った通り、馬鹿馬鹿しい。お兄ちゃんも、振り回されて大変」

茶化しているけど、後悔の滲む言葉。
馬鹿馬鹿しい、か。
確かにそうかもしれない。
管理人は多かれ少なかれ管理地に振り回される。
それが、俺たちの役目だから。
なんて答えたらいいか分からないから、俺も茶化すことにした。

「でも、変な名前だよね。不死石」
「本当」

雫さんも同調して肩をすくめる。
死なず、なんて石にはふさわしくない名前だ。
でも、本当に生きていると言われれば、納得してしまう。

「二×四で、二四石とか、親父ギャグかっての」
「え?」
「なんか昔の人って、そういう親父ギャグ好きだよね」

くすくすと笑う雫さんに、かわいいなと思う余裕はなかった。
今言われた言葉が意味が分からなくて、聞き返す。

「え、二かける、四って」
「は?だから、四つの石が二つで、二×四で二四石」

雫さんの言っている言葉が、理解できない。
彼女の言っているものと、俺の言っているものは、一緒なのだろうか。

「四つの石が、二つ?」

俺は、震える声で、もう一度訪ねた。





BACK   TOP   NEXT