「つっ………」

歩くと、色々なところが軋んで痛み、動きづらい。
お茶を淹れに台所に行くだけなのに、だいぶ苦行だ。
大人しく持ってきてもらえばよかったかも。
でも、自分のお茶を淹れるぐらい、自分でしたい。

「………はあ」

今日と明日が休みでよかった。
この前の時は日曜日だったから、月曜日が凄く辛かった。

筋肉痛は、何回かすれば慣れてならなくなったりするのだろうか。
以前の時よりは酷くない気がするから、少しは慣れているのだろうか。
ていうか、どこを鍛えればこの筋肉は鍛えられるんだ。
内腿と、腰と、ふくらはぎと、普段使わないような場所だ。
鍛えておけば、もう少し楽だろうか。
二人を受け入れるところが痛いのは、もうどうしようもない気もする。
最中は、快感で理性なんて吹っ飛んでいるからいいんだけど。

て、俺は一体何を考えているんだ。
どう鍛えるってなんだ。
慣れてどうするつもりだ。
何がしたいんだ。
でも、少なくともこの儀式を、後四回はしなければいけない。
それなら少しは痛くない方がいい。
て、ああ、もう、なんでこんなこと考えなきゃいけないんだ。

俺は男なのに、なんで兄と弟を上手く受け入れる方法とか考えているんだろう。
本当になんか、麻痺してるかもしれない。
色々なことが一気に振りかかりすぎて、処理しきれない。

俺は男、なのに。
あんなことをされる立場じゃない。
立場としては逆だ。
一兄や天のように女性に手で、唇で触れて、体内に、入り込む。
熱くて堅いものを、体内に、受け入れる。
何度も何度も、内臓をつきあげられる。

「………っ」

駄目だ、何を想像しているんだ。
しかも結局受け身の想像しか出来ない。
ああ、もう何も考えるな。
疲れてるし、さっさと寝よう。

あの二人はなんであんなに慣れてるんだ。
ていうか天。
あいつは絶対おかしい。
あいつはどこであんなのを覚えてきたんだ。
俺なんて、女性とキスしたこともなんてないのに。
そういえばキスしたことあるのって、天と志藤さんと一兄、なのか。

「うわああああ」

あまりのいたたまれなさにその場で頭を抱え込んで座り込んでしまった。
いや、嫌だとかそうんじゃないし、皆には迷惑をかけてるだけだから、俺がショックを受けるのもおかしいんだけど、
でも、俺だって女の子とキスしたかった。
男だけじゃなくて、女の子とキスしたかった。
そして、脳裏に浮かぶ、ある少女の顔。

「駄目!駄目だ!」

ぶんぶんと首を横にふって想像を打ち消す。
そんなこと考えてはいけない。
俺にそんなこと、考える資格はない。

「何してるの?」

凛とした中性的な声
気がつけば、廊下でしゃがみこんで頭を振っているという奇異な行動を、じっと見ている人がいた。
視線を向けると、そこにはどこか不機嫌そうな顔をした、末弟の姿。

「え、あ、天!?」
「一人コント面白い?」
「み、見てたなら声をかけろよ!」
「ごめんね、楽しそうだったから」

いつから見られていたんだろう。
顔が熱い。
恥ずかしくなって慌てて立ちあがる。
いつものように無表情の天の後ろに、友人の姿もある。
この人にも変な姿を見せてしまった。

「あ、し、志藤さん、お疲れ様です。お帰りなさい」
「あ、はい、ただいま帰りました。ありがとうございます」

誤魔化すように挨拶をすると、志藤さんも慌てて頭を下げる。
どうか忘れてくれ、このままなかったことにしてくれ。
なんてタイミングで帰ってくるんだ。

「あれ、天達、帰ってくるの日曜じゃなかったっけ………」

そういえば、明日まで仕事だって言ってた気がした。
予定が早まったのだろうか。
天が無表情のまま一歩踏み込んでくる。

「それよりさ」
「え、う、うん」

目を細める天の威圧感に気圧されるように一歩下がる。
無表情だった天が、皮肉げに唇を歪めて笑う。

「なんか、ふらふらしてるね、まるで、この前の日曜日みたいに」
「あ………」

天の指がとん、と俺の胸の真ん中を抑える。

「それに、力、増してる」
「え、えっと、その」

天は俺の目を探るようにじっと見て、首を傾げる。
そして、小さく笑う。

「一矢兄さん、かな?」

バレバレだったらしい。
誤魔化す必要もないし、誤魔化しきれないし、誤魔化す気もない。
でも、なんだかいたたまれなくて、俯いてしまう。

「………う、ん」

どん!
その瞬間、天が廊下の壁に、拳を思い切り叩きつけた。
音が響いて、怖くて驚いて飛び上がってしまう。
大きな音と、乱暴な仕草は、怖い。

「て、天?」

天は笑っていた。
でも、何かをこらえるような、苦しげな笑い方だった。

「………やってくれるなあ」

呻くようにつぶやく天の、怒りがじわりと伝わってくる。
天がこんなに怒りをあらわにしているのは、あまりない。
不機嫌そうにしていることは、あるけど。

「嫌な予感がしたから、早めに片付けて帰ってきたんだけど、さすが抜かりがないな」

怒りを向けられると、怖い。
人が怒っている感情は、強くて怖い。

「ご、ごめん」

思わず謝ってしまうと、天が俺を見て面白そうに笑う。
さっきみたいな苦しげな笑い方ではなく、皮肉げな、獲物を嬲る肉食獣のような笑い方。

「何を謝ってるの?」
「だ、だって」
「俺が不機嫌そうだから謝ってる?何もしてないのに?それってなんの問題解決にもならないよね?」

それは、確かにそうだ。
何に天が怒ってるのか、俺に対して怒っているのかも、分からない。
ただ、怒っている天が怖くて、場を沈めたくて、謝ってしまった。
でも、確かに、原因の一因は、俺にもある気がした。

「お、俺が一兄とも儀式したから、怒ってる、んだよな」
「………」
「………言おうと思ったんだ、電話して、でも、お前圏外だったから」

天が怒っているのは、間違いなく儀式についてだ。
天は、知らなかったのだ。
それでなぜ怒っているのか分からないが、力に影響があるとかなのだろうか。
とりあえず、俺が話しておけば、こんな風に怒らなかったかもしれない。

「ごめんな。ちゃんと、相談したかったんだけど、でも、急に決まったから」

潔斎に入ってからは携帯とかは持ち込めないから連絡できなかった。
今は寝て起きたところだから、すっかり忘れていた。
儀式が決定した時点で、天に連絡しておくべきだったかもしれない。

「………」
「ごめんな」
「………はあ」

もう一度重ねて謝ると、天が小さくため息をついた。
そして頭を横に振ると、ふっと苦笑する。

「まあ、相談されても何も出来なかったし、事態は変わらなかった。俺がもし早く帰って間に合っても、何も変わらない」

天の怒気がみるみるうちに、霧散していく。
そして苦笑したまま、俺の目を見て言う。

「兄さんは何も悪くない。だから、謝る必要はない」

さっきとは打って変わった優しい声音。
なぜか胸が締め付けられる気がする。

「俺が、ただ不機嫌になっただけだ」

急に不機嫌になった天。
俺と一兄の儀式が、そんなに嫌だったのだろうか。

「………なん、で?」
「まあ、信用されてなかったってことでしょ。兄さんの儀式の相手は、俺だけじゃ足りなかったってことで」

それは結果的にそうなるのかもしれない。
天に何かあったときのためって、天が何かあることが前提になっている。
そんな何か合った時のためのスペアみたいな扱い、一兄にも天にも、今更ながら失礼かもしれない。

「え、と、でも、本当は力はお前だけで、十分だったし、一応念のためってことで」
「うん。分かってる」

天は俺の言葉を遮って、頷く。
そして俺を見て、優しく笑った。

「大丈夫、分かってるよ」

それから、かついでいた剣を抱え直す。

「とりえず今回の仕事の報告がてら、先宮にお会いしてくる」
「う、ん」

天の怒りは、溶けたのだろうか。
態度からすると、溶けたようなんだけど。

「一矢兄さんは?」
「えっと、仕事に行った」
「そう」

一兄は一緒に食事を取った後、でかけてしまった。
本当に忙しい人だ。
疲れてるし、潔斎明けなんだから、もうちょっと休めばいいのに。

「志藤さん、兄さんを頼みます。体調が悪いみたいだし」
「え、は、はいっ」

困った様子で俺と天のやりとりを見ていた志藤さんが、飛び上がって返事をする。
体調が悪いって、丸わかりなのか。
まあ、この前ふらふらしてたの、見られてたしな。

「そうだ兄さん」
「な、何?」

天は廊下を歩きだして何歩かすると、楽しげに笑って後ろを振り向いた。
今度は何を言われるのかと、ちょっと身構えてしまう。

「一矢兄さんと俺、どっちがよかった?やっぱり一矢兄さんの方がうまかった?」
「なっ」

質問の内容を理解した瞬間、全身が熱くなった。

「兄弟で兄弟かあ。シュールだね。比べられるとショックかも」
「く、比べたりしない!」
「はは」

天が楽しそうに声を上げる。
そして悪戯っぽく首を傾げた。

「後で感想聞かせてね」
「言うか!」

思わず怒鳴りつけてしまうが、天は小さく笑っただけで去っていく。
興奮したせいで頭に血が上って、その場でふらついてしまった。
すると背中をそっと支えられた。

「あ、し、志藤さん」

支えてくれたのは、頼もしく優しい友人。
俺の体の体制を直しながら、心配そうに顔を歪める。

「大丈夫ですか?」
「は、はい」

それから、ちゃんと立たせてもらう。
しかし志藤さんが肩を放してくれなくて、後ろを見ると、なんだか戸惑った顔をしていた。

「志藤さん?」
「………あの」
「はい?」
「今の四天さんのお言葉は………」

一瞬で、血の気が引いて行く。
そうだ、今の天の言葉は、あまりにも直接的過ぎた。
そういった内容に、聞こえたのではないだろうか。
俺が一兄と天と、どんなことをしているか、バレたのではないだろうか。

「あ、な、なんでもないんです!ないんです!」

いや、でも直接的には言ってないから大丈夫だろうか。
とりあえず、言う訳にはいかない。
全力で誤魔化せ。、

「えっと、一兄と天と、同じ儀式して、それで、どっちがうまいかって、そういう、ことなんだと思います」

苦しいだろうか。
でも、言う訳にはいかない。

「そう、ですか」

志藤さんは分かったような分からないような顔で、頷いた。
じっと、俺の顔を見ている。
やっぱり誤魔化しきれなかっただろうか。
駄目だろうか。

「………志藤さん?」

恐る恐る名前を呼ぶと、ようやく気付いたようにはっとする。
それから肩を放してくれた。

「あ、失礼しました。部屋までお送りします」
「あ、お茶、欲しくて」
「私がお持ちします。部屋に戻りましょう。お顔色も優れません」
「………はい」

これ以上さっきのことには触れられないようで、ほっと息をつく。
少しだけ強引に促されて、でも正直体が辛かったので頷いた。





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