ドアが軽くノックされた。
開けに行こうとしたが、体がだるかったので横着して応える。

「どうぞ、開いています」

ドアが開かれて、お盆を片手に現れたのは眼鏡の男性だった。
やや長めの髪と女性的な作りの綺麗な顔をした、少し神経質なイメージな人。
でも実は優しくて可愛くて弱くて強い人。

「失礼します。お茶をお持ちしました」
「志藤さん」

志藤さんが軽く笑いながら入ってきて、俺の枕元まで来てくれる。
ベッドサイドの勉強机にお盆を置いて、ティーポットからカップにお茶を注いでくれる。

「志藤さんがわざわざ持ってきてくれなくてもよかったのに」
「せっかくですから」

差し出してくれたそれは、ふわりと香る馴染みのお茶。
ありがたく頂いて飲み込むと、体が温まっていく。

「お体は大丈夫ですか?」
「はい。大したことはないんです。ちょっと、その、疲れただけです。一日休んでいれば大丈夫です」
「それでしたらよろしいのですが」

せっかくだからということは、志藤さんは俺に会いに来てくれたのだろう。
宮城さんに見つかったら大目玉を食らうだろうに、来てくれたことが嬉しい。
年上の友人の心遣いに、四天とのことで強張っていた心が徐々に緩んでいく。

「志藤さん、仕事は、どうでしたか?」
「滞りなく。四天さんはさすが優秀でいらっしゃいますね。着眼点といい、行動といい、無駄がなく迅速でした」
「………」

志藤さんの賞賛に、ちくりと胸が痛む。
嫉妬しても仕方ない。
比べても仕方ない。
俺と天は、違うものなのだ。
天に感謝しているし、あいつだって苦労しているのを知っている。
分かっているのにやっぱり、嫉妬してしまう自分がほとほと嫌になる。

「才能と努力も勿論ありますが、経験もあるでしょう。あのお年で私なんかよりもよっぽど経験を積んでいらっしゃいますから」

俺が黙りこんだのをどう取ったのか、志藤さんが優しく微笑む。
経験が足りないというのは、フォローなのだろうか。
俺はまだまだ未熟ものなのだから比べても仕方ないのは、分かってる。

「………経験、ですか」
「はい。そう言った意味では、私よりも三薙さんの方が経験豊かで頼もしいです」
「そ、そんなことないです!志藤さんの方がすごいし!」
「いいえ、私はいつも三薙さんに助けられています」

志藤さんは続けて今度は俺を持ち上げてくれる。
いくらフォローでも言いすぎだ
志藤さんの方が強いし頭いいし、あの天だって志藤さんのことは認めている。

「私も三薙さんに追いつくように、そして四天さんに追いつくように、お互い経験を積んで、徐々に、いつかは強くなりたいですね。焦っても、いい結果は得られないですし」

それなのに、あくまで俺を同等かそれ以上として置いて、そんなことを言ってくれる。
落ち着いて穏やかな話し方。

「………」
「どうされましたか?」

思わず黙ってじっと志藤さんを見ていた俺に、不思議そうに首を傾げる。

「………なんか、志藤さん、ちょっと変わりましたね」
「え、そうですか?」
「………なんかずるい」
「え、え?」

こんな風に俺の言葉に焦ったようにわたわたする様子は、やっぱり可愛い。
でも、ちょっと前までは、こんな落ち着いてなかったのに。
一緒にあたふたして、一緒に失敗して、一緒に力を合わせて頑張ったのに。

「最初はあんなに可愛くて、自信なくて、俺が助けてあげなきゃって感じだったのに、今じゃ俺よりずっと頼もしくて強くて自信あって、俺なんて子供扱いだ」

なんだか一瞬であっという間に先に行かれてしまった。
俺の努力不足なんだけど、つい拗ねてしまいたくなってしまう。
他の誰よりも、なんだかこの人にはこんな風に我儘を言ってしまう。
甘えているのだろうか。

「そ、そんなことありませんよ!?」
「………志藤さんだけ強くなってずるい」
「つ、強くなんてありませんってば!」

強くなって落ち着いても、こんな風に俺の言葉に慌ててくれる。
それが、嬉しい。

そうか、だから甘えてしまうのかもしれない。
一兄も双兄も天も、俺の言葉に慌てふためくなんて、ないから。
学校の友人達も、俺がいつも慌てふためくばかりだ。
こんな風に真剣に受け止めて、必死になってくれる人は、あまりいない。
優しくて優しくて真っ直ぐな人。

「………」

だから悪いと思いつつ、拗ねて睨みつけてしまう。
そうすると困ったように視線を彷徨わせていた志藤さんが、そっと言う。

「………その、私が強くなれたとしたら、それはあなたのおかげです」
「え」

思いもよらない言葉が出てきて、思わず呆けた声が出てしまう。
志藤さんは僅かに微笑みながら、じっとベッドに座る俺を見下ろしていた。
泣きたくなるぐらい優しい声音で、告げてくれる。

「あなたが私の手を引いて、励まし、導いてくれた」
「え、と」
「あなたの隣に並びたいと思った。あなたが私を守ってくれたように、あなたを守りたいと思った」

前にも言われた言葉だ。
月明かりの下、湖のほとりで、守りたいと言ってくれた。
真っ直ぐに目を見つめて言われると、なんだか分からないけどぎゅうっと胸が痛くなって、浴衣の襟元を握りしめる。

「だから私は自分の弱さに打ち勝ちたいと、思ったんです」

志藤さんが俺の前に跪く。
そして、ベッドに投げ出されていた俺の左手を両手で取る。
まるで祈るように、その手に額を押し付ける。

「あなたの強さが、私に力をくれた。私が前よりも強くなっているのだとしたら、それは全部三薙さんのお力です」

額に伝わる志藤さんの温かさに、胸が熱くなっていく。
この人は、いつもこうして、俺を過大評価する。
でも俺は、人に力を与える存在なんかじゃない。
人から力を貰うだけの存在だ。
一兄から天から、岡野から藤吉から。
ただ、励まされ、力づけられてきただけだ。

「お、俺、そんな強くないです。俺、弱くて、役立たずで、人に迷惑かけてばかりで、貰うことがあっても、あげることなんて」
「そんな風に仰らないでください。あなたが私にくれた勇気を、否定しないでください」

志藤さんが俺を見上げて、真摯に見上げる。
胸が、熱くて、痛い。

「三薙さんは、弱くなんてありません。役立たずなんかじゃありません。あなたは強い人です」

強いって、岡野も言ってくれた。
とても嬉しかった。
弱くて脆い俺は、いつだって他人に肯定されることを求めている。

「あなたがいなければ、私は強くなれません」

こんな風に求めてくれるのを、望んでいた。

「う………」

痛い痛い痛い痛い。
胸が痛い。
嬉しくて、悲鳴をあげてしまいそうだ。
俺を肯定し、認め、求めてくれている。

「み、三薙さん!?」

涙が、また溢れてきてしまう。
こんな風に泣くのは、やめにしたいのに。
嬉しくても哀しくても怒っても楽しくても俺は全てに涙が出てしまう。

「も、やだな。志藤さん、泣かさないでください」
「え、す、すいません、えっと、私何か失礼なことを申し上げましたでしょうか!?」

焦る志藤さんが可愛くて、つい笑ってしまう。
優しくて、強くて、でも可愛い人。

「………いえ」

この感情は、なんだろう。
一兄や天、それに岡野へ感じるものとも違う。
でも、強くて、温かくて、心地のいい感情。

「志藤さんが、くれた言葉のように、それが本当になれるように、俺も、強くなれるように、頑張ります」

何度も何度も弱気になってしまう。
岡野に叱咤されて強くなろうと思っても、すぐに何かあるとくじけてしまう。
でも、志藤さんも俺を強いと言ってくれる。
俺に強さをもらったと言ってくれた。
だったら、この言葉に応えられるように、頑張りたい。

「ありがとう、ございます、志藤さん」
「はい、私も、頑張ります」
「はいっ」

泣いていたので、最後しゃっくりで声がひっくり返ってしまう。
恥ずかしくて慌てて涙を拭う。

「あ、すいません、こんな泣いてばかりで、強くなりたいとか言ってて」
「いいえ。あなたが素直に泣く姿は、好ましいです」

志藤さんは手を伸ばして俺の涙を掬いあげる。
そして、そのまま俺の涙を乗せた人差し指を吸う。

「え、と」
「はい?」

どうやら何も考えないでとった行動だったようだ。
志藤さんは固まった俺に不思議そうに首を傾げる。

「その」

じっと志藤さんの長く細めの指を見てしまうと、自分がした行動に気付いたらしい。
慌てて握っていた手も離す。

「あ、すいません、勿体なくてつい!」
「は、はあ」

勿体ないって、何がだろう。
志藤さんは時々こういったラテン系な行動をさらりと恥ずかしげもなくとれる。
実はモテるんじゃないか、この人。
びっくりして涙もひっこんでしまった。

「あ、えっと、志藤さんって、もう少ししたら、学校に戻るんですか?」
「あ、はい」

気まずい空気をなんとかしようと、話を逸らす。
志藤さんが謝り始めたら止まらなくなってしまう。
つい、出てきたのはこの前熊沢さんと話してた話だ。

「後期から戻る手続きを取っています」
「………」
「どうされましたか?」

聞いても、いいのだろうか。
熊沢さんは、話してくれるって言ったけど。

「その、なんで、休学してたんですか?」
「あ………」

恐る恐る聞いた瞬間、志藤さんの顔が強張った。
慌てて、手をパタパタと振る。

「あ、言いたくなかったらいいんです!すいません!」

人の心にズカズカと踏み込む気はない。
友達だからってなんでも話すって訳ではきっとないはずだ。
多分。
よく分からないけど。

「いいえ、それこそ、私の弱さです」

志藤さんはけれど、苦笑して首をゆるりと振った。
そしてそっと目を伏せる。

「………私は心が弱く、情緒不安定でした。知っての通り、家族と折り合いも悪く、人が怖くて、人との付き合い方が分かりませんでした」
「あ………」

あの夕暮れの街で見た、志藤さんの過去の片鱗。
母親に否定されて育つというのは、どんなに心が引き裂かれるのだろう。
優しい家族に囲まれている俺には、到底分からない、痛みがあるだろう。

「宮守に引き取られて、同じような力を持つ人達に出会い、幾分落ち着きはしました。それでも、面倒を見てくれた熊沢さんの傍を離れるのが怖かった」

そこでちらりと志藤さんが悪戯っぽく笑った。

「そんな私に、熊沢さんがお守りを持たせてくれたんです」
「お守り」
「はい」

ごそごそとスーツの内ポケットを探る。
出てきたのは深い紫紺の小さなお守り袋。
そして口を緩め、中を取り出す。

「こちらです」

丸い、キラキラと光る、薄紫の石。
光の加減によっては青にも見える、綺麗な石だ。

「えっと、宝石?」
「はい、菫青石、アイオライトともいいますね。心の安定、癒し、不安の解消といった意味を持つそうです」

志藤さんは、懐かしむように目を細める。
癒し、心の安定、お守りにぴったりな響きだ。

「これを持っていたら、怖くないと言って、熊沢さんは外の世界へ送り出してくれました。と言うか、叩き出されたんですが」

ちらりと困ったように苦笑する。
なんだかその光景が思い浮かぶようだ。
笑って、それでも面倒くさそうに、志藤さんを叩きだす熊沢さん。

「効果は抜群でした。これを持っていたら、私は外でも怖くありませんでした」
「………そっか」

熊沢さんの優しい心が、嬉しくなる。
なんだかんだいっても、やっぱり熊沢さんはお兄ちゃんだ。

「はい。でも、大学の頃、少し人間関係にトラブルがあって、これが盗られてしまったんです」
「え」
「盗まれて、投げ捨てられそうになりました」

志藤さんは静かな顔をしている。
そこには怒りや悲しみといった感情はない。
ただ淡々と事実を告げているようだった。

「理性を失いました。首謀者はよく知った人でした。彼女も、言いたいことはあったのでしょうが、分からなかった。私は彼女が許せませんでした。罵り嘲り追い詰めた」
「………」
「彼女の周りにいた人達も、許せなかった。そして、手を出してしまいました。下手したら警察沙汰だったでしょうね。最低です。どんな理由であれ、人に暴力を振うのは最悪の結果です」

自嘲するように、苦く笑う。

「その時、自分の弱さを改めて知りました。凶暴性を知りました。私は、石がなければ、自分が押さえられなかったんです。石に頼り過ぎていた」

そこでぎゅっと石を握りしめて、小さく息をついた。
目を伏せて、苦しそうにつぶやく。

「今だったら、彼女の気持ちも分かるのですが」

そしてまた顔をあげ、俺を見てぎこちなく笑う。
なんだか、怯えているようにも見えた。

「その後、石を熊沢さんに取りあげられて、また外が怖くなって、出られなり、しばらくした頃、熊沢さんに引っ張りだされました」
「あ、それって」
「はい。そして三薙さんと出会い、勇気をもらいました」

あの時、神経質そうに、ピリピリとした空気を纏わせていた志藤さん。
どこか近づきにくい人だと思っていた。

「また外に出ようという気になれました」

そこでふうっと、疲れたようにため息をついた。
恐る恐る心配そうに俺を見上げる。

「………軽蔑、されましたか?」

何があったのか、詳細には分からない。
そんなの大したことない、なんて言えない。
あなたは悪くないなんて、言えない。
だって、志藤さんは、傷つき怯えて悔いている。
志藤さんは、自分が悪かったと、思っている。

「………俺は、志藤さんを軽蔑できるほど、強くも、完璧でもありません」

でも、だからといって責める気もはない。
責められやしない。

「俺も弱くて弱くて、沢山失敗して、人に迷惑かけて、傷つけてきたから」

ずっと一方的に憎んできた天も、かつての同級生も、きっと一兄も双兄も、沢山迷惑をかけて傷つけてきただろう。
そんな俺に、志藤さんが責められるはずがない。
責める権利はない。
志藤さんを責める権利があるのは、彼が傷つけた人だけだ。

「俺は、例え、あなたが悪くても、あなたが非難されるようなことをしていたとしても」

例えこれが、傷を舐め合いだとしても、自分勝手な感情だったとしても、人から責められるとしても。

「あなたを軽蔑したりしない。俺はあなたの味方になりたい。志藤さんを信じて、守りたい」

この優しく弱く強く可愛い人を、守りたい。
味方でいたい。
人から勝手だと言われても、そうしたい。
そう思った

「志藤さん、自分を追い詰めないでくださいね。あなたは、強くて、優しくて、えっと、えっと」
「………三薙さん」
「俺は、志藤さんが、とても好きですから」

そうだ、理屈なんてない。
俺は志藤さんが好きだから、彼を肯定したいんだ。
こんな不出来な俺を許し肯定してくれたこの人が、好きなんだ。
ただ、それだけなんだ。
なんて自分勝手で幼い理由。
でも、味方でいたい。
傷ついたこの人を、癒し、守ってあげたい。

うまく言葉が出てこない。
もどかしい。

「弱いところも強いところも、頼もしいところも可愛いところも、全部好きです!」

ようやく出てきた言葉は、そんな稚拙なものだった。
なんでもっとうまく言えないのだろう。
一兄や双兄や天だったら、もっとうまく言えるだろうに。
力ない自分が情けない。

「………」

志藤さんが長く息をつき、強く目を瞑る。
苦しそうに、眉間に皺をよせ、唇を噛む。

「………えっと、志藤さん?」

やっぱり変なことを言ってしまっただろうか。
志藤さんの気に障っただろうか。

「私は………」
「………はい?」

心配になってきて恐る恐る返事をする。
しかし一つ志藤さんは首を振った。

「………いえ、なんでもありません」
「え?」

それから志藤さんはにっこりと笑った。
そして手にしていた石をお守り袋に入れ、そのまま差し出してくる。

「三薙さん、これを持っていてくれませんか?」
「え、でも」

これは、大事なものなんじゃないのか。
志藤さんのお守り、なんじゃないのか。

「私には、もう必要ありませんから」

けれど志藤さんは穏やかに笑った。
必要ないということは、もう、お守りがなくても大丈夫なのだろうか。

「熊沢さんからの貰いもので申し訳ありませんが、力もありますから」

確かにその石からは、志藤さんの力を感じた。
ずっと持っていたから、こもったのだろうか。
でも、それなら余計に貰っていいのだろうか。

「あ、ご迷惑でしょうか?」
「い、いえ!」
「では、あなたに持っていてほしいんです」
「じゃあ、えっと、はい」

そこまで言われて断るのは、逆に失礼な気がした。
それに、気持ちはとても嬉しい。

「ありがとうございます。大事にします」

だから志藤さんの手から受けとって、ぎゅっと握りしめる。
お守り袋を通して、その石は温かい気がした。

「はい、お願いいたします」

岡野の救急セットと一緒に持っていよう。
大事な俺のお守りだ。
大事な友人がくれたものだ。

「あ!なんかじゃあ、俺も、なんかあげたい」
「え、いいですよ、そんな」
「でもあげたいです」
「でも」
「あげたいんです!」

志藤さんは慌てて首を横に振るが、せっかく大事なものをもらったのだ。
俺も何かを返したい。
大事な友人に、想いを贈りたい。

「えっと、でも、こんないいものの代わりって」

俺が持っているもので、何かいいものはあっただろうか。
こんな大事なものに代わるものはないかもしれない。

「………では、そうですね、よろしければこちらを頂けますか?」

志藤さんが立ち上がり、机の上に置いてあった鈷を取る。
普段からずっと何かあった時のために持っていたものだ。

「え、鈷?」
「はい、三薙さんがいつも持たれているものですよね」
「はい、最近は、一兄から貰った懐剣を持ってますけど」

懐剣は苦手だったが、最近トラブルが多いから攻性の高い懐剣に替えた。
でも鈷はずっと持ち、大事にしていたから手入れはしている。

「でしたら、こちらの鈴を一つ頂いて、よろしいですか?」

志藤さんが鈷についている小さな鈴の一つを指さす。
鈷じゃなくて、鈴なのか。

「………そんなものでよければ全然いいんですけど。でもそんなのでいいんですか?」
「はい、十分です」
「えっと、じゃあ、どうぞ」
「ありがとうございます」

志藤さんはにっこりと笑うと、鈴を一つ器用に取り外し、手の平に包み込む。
そしてその手にそっと口づけた。

「………」

その愛しいものを触れるような仕草に、思わず、恥ずかしくなって、顔が熱くなった。
本当にこの人、たまに恥ずかしい行動をする人だ。

「三薙さん?」
「あ、いえ、すいません、今度もっといいもの用意しますね!」
「いいえ、これがいいです」

志藤さんは優しく笑って、鈴を大事そうに内ポケットにしまった。
喜んでくれたなら、嬉しいけど。
なんだろう、何か恥ずかしい。

「すいません、長居してしまいましたね。そろそろお休みください」
「あ、は、はい!」
「申し訳ございません。お疲れのところ」
「いいえ。志藤さんもお疲れでしょう。休んでください。引き留めてしまってすいません」
「いえ、お話出来て嬉しかったです」

また、恥ずかしことを言う。
照れて俯いたが、視線を感じて顔を上げる。
すると志藤さんがじっと俺を真面目な顔で見ていた。

「志藤さん?」
「………三薙さん、四天さんが仰った通り、力が増していらっしゃいますね」
「え、と、そう、見えますか?」
「はい。いつもより、力強さを感じます」

目に見えて、儀式の効果は表れているのか。
確かに、一兄と天の力を受けて、驚くほど体は軽い。
それとは別に筋肉痛とか疲労とかはあるけど、いつもの渇きはない。
でも、儀式のことを志藤さんにいう訳にはいかない。

「え、えっと」

なんて誤魔化そうか言葉を探していると、志藤さんの方が話を打ち切ってくれた。

「すいません、詮無いことを申し上げました」
「えっと、はい」
「そろそろ失礼しますね」

そしていつものように優しく微笑む。

「お休みなさい、三薙さん」
「はい、お休みなさい」

ふんわりと温かい時間。
さっきの四天の怒りが気になっていたが、ゆっくりと眠れそうだった。





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