身じろぎすると、ぱしゃと、水が跳ねる音がする。

頭皮を、長い指がマッサージしてくれている。
力を失い、だるくて、動けない。
湯船に浸かっているから温かくて、体が弛緩していく。
渇きはそこまでひどくない。
でも、ただ酷くだるい。

「痛くないか?」
「………」

問う声は、泣きたくなるぐらい優しい。
触れる指は、眠たくなるほど気持ちがいい。

「本当に真っ直ぐな髪だな。伸びてきた。少し切った方がいいかもしれないな」

頭皮に、耳に触れる指は、懐かしい。
昔こんな風にして、髪を洗ってもらった。
一緒にお風呂に入るのが、楽しくて仕方なかった。

「水をかけるぞ、目を瞑っておけ」

ゆっくりと、お湯をかけられる。
反射的に目を瞑るが、それほど顔には水がかからない。

「………」

されるがまま、だ。
抵抗することすらできない。
俺には、なんの力もない。
借り物の力で、笑ってしまうほど小さな抵抗をした。

『その力は、誰のもの?』

そうだ、俺には力なんてない。
なんの力もない。
ただ、奥宮となるために、生かされている。
大事な道具として、生かされていた。
それを、痛いほどに思い知った。

「大丈夫か?」

顔をあげさせられ、タオルで顔を拭かれる。
仰け反って見上げると、後ろにいた一兄が目を細める。

「いい子だ」

額にキスをされて、長い指が頬を撫でる。
温かい慰撫は、愛されてると、今までならそう信じられたのに。

「………一兄なんて、大嫌いだ」

一兄が、小さく笑う。
唇を、吸われる。
お湯の味がする。
一兄の匂いがする。

「愛してるよ、三薙」

うそつき。



***




昼ごろには、飢えがひどくなってきた。
起き上がることすらできず、ただ布団の上でうずくまることしかできない。

「う、く………」

力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい。
苦しい。
喉が渇く。
頭が痛い。
体が熱っぽい。

「つ、くっ」

全身が汗でびっしょりで、浴衣が肌に張り付いて気持ちが悪い。
この渇きを、しばらく忘れていた。
久しぶりな分だけ、余計に辛く感じる。
渇きは、こんなに苦しいものだったか。

ただ、力が欲しい。
そのことしか考えられない。
昔はこれを、我慢できていたのか。

「大丈夫か」

ふいに頭が撫でられ、驚いてよろよろと顔を上げる。
気が付くと、傍に一兄が座っていた。
今日は、一兄も白装束を着ている。
その意味が、思考を失った頭でも分かった。

「………寄る、な」

嫌悪感と恐怖で、体が竦む。
触れられている手が、怖くて仕方ない。
振り払いたくても、体が動かない。

「ひどい汗だな。すぐに楽になる。もう少し我慢しろ」

一兄の手から逃れるため、なんとか体をひっくり返す。
うつぶせになった俺に、小さく後ろで笑う気配がした。

「三薙」

後ろから布団に縫い付けられるように、手が抑えられる。
首筋に濡れた感触がして、ゾクゾクと背筋に寒気が走る。

「来るな、嫌だ、嫌だ、いや、だ」

耳に、頬に、温かいものが触れる。
絡められた指を優しく撫でられる。

「あ………」

今は断ち切られているが、体に残っているラインが、一兄の力が反応する。
じわりと沁みこんできた青い力を、体が喜んで受け入れる。

「あ………う、く」

わずかに注がれた力に、体がもっともっとと欲している。
しがみついて、更に力を欲しいと、強請ってしまいそうになる。

「三薙」

顔をつかまれ、無理やり後ろを向かされる。
一兄の端正な顔が近づいてきて、唇をふさがれる。
顔をひねって逃げようとしても、大きな手は離れない。

「ん」

厚い舌が、口の中に入り込んでくる。
どろりとした、甘苦い液体が、注ぎ込まれる。
俺の舌に絡まり、無理やり飲み込まされる。
それと同時に、一兄との回路がつながる。
体が、びくびくと震える。

「あ、や、いや、だ、いや………」

心とは正反対に、体が喜びに満ちて、じわりと溶け始める。
力が抜けて、一兄の力を受け止める準備が出来ていく。
抵抗をする気力が失われていく。

「いやだ、いちに………」

言葉だけの抵抗は、意味をなさない。
一兄の指が、喉の真ん中をつたい、胸に下りてきたところで、ぴりぴりとした快感に涙がにじむ。

「あ、はっ」

ゆっくりと体が裏返される。
一兄が俺をじっと見つめている。
体全体の撫でられるような視線に、羞恥心と恐怖を感じて、目を逸らす。
嫌悪感が、すでになくなっている。
一兄の手に触れられるのを、体が待ちわびている。

「いや、いや、や………」

頭をふって、形ばかり体をひねり、抵抗を示す。
けれど、そんなの、本当に些細な抵抗だと、自分でもわかっている。

「あ、うっ」

一兄が首に顔をうめ、軽く噛むと、体が跳ねた。
青い力が、沁みこんでくる。
渇いた体に、恵みの雨のように降り注ぐ力に、気持ちよさに頭が真っ白になっていく。

「いや、だ」

なにより、抵抗できない自分が嫌だ。
喜んでいる体が嫌だ。
受け入れてしがみつきそうになる、腕を切り落としたい。

涙があふれる。
その涙を、一兄が舐めとる。
それすら気持ちよくて、声をあげてしまう。

嫌だ。
いやだいやだいやだいやだ。

「愛しているよ、三薙」

壊れる。
壊れていく

心が。
世界が。

全てが。





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