身じろぎすると、ぱしゃと、水が跳ねる音がする。 頭皮を、長い指がマッサージしてくれている。 力を失い、だるくて、動けない。 湯船に浸かっているから温かくて、体が弛緩していく。 渇きはそこまでひどくない。 でも、ただ酷くだるい。 「痛くないか?」 「………」 問う声は、泣きたくなるぐらい優しい。 触れる指は、眠たくなるほど気持ちがいい。 「本当に真っ直ぐな髪だな。伸びてきた。少し切った方がいいかもしれないな」 頭皮に、耳に触れる指は、懐かしい。 昔こんな風にして、髪を洗ってもらった。 一緒にお風呂に入るのが、楽しくて仕方なかった。 「水をかけるぞ、目を瞑っておけ」 ゆっくりと、お湯をかけられる。 反射的に目を瞑るが、それほど顔には水がかからない。 「………」 されるがまま、だ。 抵抗することすらできない。 俺には、なんの力もない。 借り物の力で、笑ってしまうほど小さな抵抗をした。 『その力は、誰のもの?』 そうだ、俺には力なんてない。 なんの力もない。 ただ、奥宮となるために、生かされている。 大事な道具として、生かされていた。 それを、痛いほどに思い知った。 「大丈夫か?」 顔をあげさせられ、タオルで顔を拭かれる。 仰け反って見上げると、後ろにいた一兄が目を細める。 「いい子だ」 額にキスをされて、長い指が頬を撫でる。 温かい慰撫は、愛されてると、今までならそう信じられたのに。 「………一兄なんて、大嫌いだ」 一兄が、小さく笑う。 唇を、吸われる。 お湯の味がする。 一兄の匂いがする。 「愛してるよ、三薙」 うそつき。 昼ごろには、飢えがひどくなってきた。 起き上がることすらできず、ただ布団の上でうずくまることしかできない。 「う、く………」 力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい。 苦しい。 喉が渇く。 頭が痛い。 体が熱っぽい。 「つ、くっ」 全身が汗でびっしょりで、浴衣が肌に張り付いて気持ちが悪い。 この渇きを、しばらく忘れていた。 久しぶりな分だけ、余計に辛く感じる。 渇きは、こんなに苦しいものだったか。 ただ、力が欲しい。 そのことしか考えられない。 昔はこれを、我慢できていたのか。 「大丈夫か」 ふいに頭が撫でられ、驚いてよろよろと顔を上げる。 気が付くと、傍に一兄が座っていた。 今日は、一兄も白装束を着ている。 その意味が、思考を失った頭でも分かった。 「………寄る、な」 嫌悪感と恐怖で、体が竦む。 触れられている手が、怖くて仕方ない。 振り払いたくても、体が動かない。 「ひどい汗だな。すぐに楽になる。もう少し我慢しろ」 一兄の手から逃れるため、なんとか体をひっくり返す。 うつぶせになった俺に、小さく後ろで笑う気配がした。 「三薙」 後ろから布団に縫い付けられるように、手が抑えられる。 首筋に濡れた感触がして、ゾクゾクと背筋に寒気が走る。 「来るな、嫌だ、嫌だ、いや、だ」 耳に、頬に、温かいものが触れる。 絡められた指を優しく撫でられる。 「あ………」 今は断ち切られているが、体に残っているラインが、一兄の力が反応する。 じわりと沁みこんできた青い力を、体が喜んで受け入れる。 「あ………う、く」 わずかに注がれた力に、体がもっともっとと欲している。 しがみついて、更に力を欲しいと、強請ってしまいそうになる。 「三薙」 顔をつかまれ、無理やり後ろを向かされる。 一兄の端正な顔が近づいてきて、唇をふさがれる。 顔をひねって逃げようとしても、大きな手は離れない。 「ん」 厚い舌が、口の中に入り込んでくる。 どろりとした、甘苦い液体が、注ぎ込まれる。 俺の舌に絡まり、無理やり飲み込まされる。 それと同時に、一兄との回路がつながる。 体が、びくびくと震える。 「あ、や、いや、だ、いや………」 心とは正反対に、体が喜びに満ちて、じわりと溶け始める。 力が抜けて、一兄の力を受け止める準備が出来ていく。 抵抗をする気力が失われていく。 「いやだ、いちに………」 言葉だけの抵抗は、意味をなさない。 一兄の指が、喉の真ん中をつたい、胸に下りてきたところで、ぴりぴりとした快感に涙がにじむ。 「あ、はっ」 ゆっくりと体が裏返される。 一兄が俺をじっと見つめている。 体全体の撫でられるような視線に、羞恥心と恐怖を感じて、目を逸らす。 嫌悪感が、すでになくなっている。 一兄の手に触れられるのを、体が待ちわびている。 「いや、いや、や………」 頭をふって、形ばかり体をひねり、抵抗を示す。 けれど、そんなの、本当に些細な抵抗だと、自分でもわかっている。 「あ、うっ」 一兄が首に顔をうめ、軽く噛むと、体が跳ねた。 青い力が、沁みこんでくる。 渇いた体に、恵みの雨のように降り注ぐ力に、気持ちよさに頭が真っ白になっていく。 「いや、だ」 なにより、抵抗できない自分が嫌だ。 喜んでいる体が嫌だ。 受け入れてしがみつきそうになる、腕を切り落としたい。 涙があふれる。 その涙を、一兄が舐めとる。 それすら気持ちよくて、声をあげてしまう。 嫌だ。 いやだいやだいやだいやだ。 「愛しているよ、三薙」 壊れる。 壊れていく 心が。 世界が。 全てが。 |