で、見事に迷う、と。

『あははははは、もう笑えてくるわ。迷うとか、もう私の人生かっていうの。道踏み外しまくり、迷いまくり、見失いまくり。あははははは………はあ』

なんて自虐ネタで笑いをとってもしょうがない。
笑う人もいないし。
一人暮らし長いと、独り言もうまくなるわよね。

酔ってた。
私、酔ってたわ。
なんでこの道がいけるとか思っちゃったのかしら。

なんか壁でかさかさ何か動いている気がするし。
足元にちょろちょろ何かが走った気がするし。
ぽとりと水が落ちる音が洞窟内に響いて、そのたびに驚く。
誰かいてほしいけど、誰かいても怖い。

本当に酔っぱらいってどうしようもない。
酒なんて、この世からなくなればいいのに。
こんな人を惑わすもの、なくなればいい。

抜け道の洞窟に入ってしばらく行って気付いた。
この洞窟一本道じゃない。
前にミカに引っ張られていった時は、確か一本道だった気がしたんだけど。
なんで戻ろうとしたら道が増えてるのかしら。

おかしい。
おかしすぎる。
なにこれ、なんかの罠?
あの悪魔の仕業でしょう。
そうに違いない。
後で絶対ぶちのめす。
本当にあいつはロクなことしないわ。

にしても、どうしよう。
戻れる、かしら。
このままここで迷ったら、どうなるのかな。
なんかこの道、あの馬鹿しかしらない感じだったわよね。
もし、あいつが誰にも言わなかったら。

………怖い想像になった。

どうしよう。
戻ろうかな。
でも、道が増えてる。
どっちだろう。
間違ったら、どうなるんだろう。

後少し、かな。
先にいったら、後少しかな。
少なくとも向かう先は道が一本に見える。

蝋燭はだいぶ減ってしまったが、まだ後2時間くらいは持つはずだ。
洞窟でにっちもさっちもいかなくなるよりは、外で迷った方がいいわよね。
そうしたら人に会うかもしれないし。
とりあえずここにいたら、確実にここで野垂れ死ぬ。

死ぬ。

ぞくりと背筋に寒気が走る。
やめてよ。
平和ボケ日本人に死ぬなんて言葉は月よりも遠いのよ。
大丈夫大丈夫。
なんとかなる。
考えない考えない。
嫌なことは、考えない!

さあ、前を向いて。
道は一本、どうにかなるわ。
今までもうダメって思ったこともどうにかならなかったことはなかったわ。
結局何でも物事は進んだ。
だから大丈夫。
まあ、なんとかなったって言ったって事態が好転した訳じゃないけど。
むしろ悪化してひどい目にあったこともあるけど。

いや、でも死ぬようなことはなかった。
だから大丈夫!

『自分を信じて!ファイト、セツコ!』

自分を奮い立て、手にした瓶の酒を更に一口。
よし、元気出てきた。
酒はやっぱり人類の友だわ。
酒は絶対に私を裏切らない。
大丈夫、素敵な友達がここにいる。
頑張れ、私。

なんとかなるなんとかなる。
伊達にお局やってきたんじゃないんだから。



***




と、意地を張ってみたのはいいけど、やばい本当に怖い。
なんで、出口が見えないの。
本当にこれであってるの?
どうしようやっぱり戻った方がよかったのかな。
でも、もうあれからだいぶ来てしまった。
今更戻ったら、蝋燭が持たないかもしれない。
そうしたら、終わりだ。

なんで一本道のくせに、こんなに長いの。
前にミカと来た時はもっと時間が短かった気がした。

どうしよう。
泣きそう。
ていうか泣いている。

疲れた。
座りたい。
長く歩くようにはできていない靴が擦り切れてきた。
足が痛い。
絶対豆出来てる。
靴ずれてる。

『なんで私の人生、こんなんばっかり………』

別に、人より多くを望んでる訳じゃないじゃない。
ささやかな幸せを願ってるだけよ。
それが嫁き遅れるわ、後輩に蔭口叩かれるわ、挙句の果てには異世界ツアー。
なにそれ。
なんなのよ。
私が何したっていうのよ。

別に三高の男と結婚させろなんて言ってないじゃない。
私より収入高くて人並みの男だったら文句言わないわよ。
それでささやかに暮らしたかっただけよ。

それがなんで異世界で洞窟迷路。
訳わかんない。
人の幸せ呪ったり、後輩苛めた罰だったりしてもやりすぎじゃない。

『う、うううー…………』

辺りは真っ暗闇。
本当に私の人生みたい。
泣いても誰も慰めてもくれやしない。
まあ、こんなトウの立った女、もはや人前で泣いても避けられるぐらいよ。

『もう、やだあ…………』

泣きごとを言いながら、それでも歩く。
足は痛い。
疲れた。
もうやだ。

でも、ここで泣いててもどうにもならないし。
思い知ってるわよ、泣いてても誰も助けちゃくれない。
自分の足で歩かないと、事態は決して好転しない。
泣いて誰かが助けてくれるのは二十代前半まで。
それ以降は力技で幸せをつかみ取らなければいけない。

『………うう、くそ、負けるか』

鼻をすする。
もう一口酒を飲む。
酒って素敵。
熱が頭に回ってぼんやりして、思考が鈍る。
今の事態、それくらいでちょうどいい。
鼻がつまって苦しいけど、もう一口酒を飲む。
ああ、いっそ記憶を無くしてしまいたい。

負けるな私、頑張れ私。
せめて私ぐらいは私を応援してやるわよ。
私って健気じゃない。
結構かわいいと思うわよ
性格だって悪くないわよ。

大丈夫、神様だって私のことかわいいって思うわよ。
そうよそうよ。

『…………むなしい』

頼むわよ、神様。
まだ死にたくないわよ。
まだやりたいこといっぱいあるんだから。
とりあえず、日本に帰るまでは死ねない。

ふわり。

風が頬の涙をかすかに掠めて行く。
ちょっと慰められた気がして笑う。
そしてその思考に、またへこんでくる。

『風に慰められるって、私どんだけ寂しいのよ』

なんか妄想癖がひどくなってきた気がする。
こんなんじゃなかったんだけどな。
なんでこんなことに。

風が私を慰めてくれる、ってどんだけポエムよ。
そういうのは中学生で卒業したわ。

て。

『風!?』

どこから来てるの!?
自然と、早足になる。
ああ、歩きづらい、この質の悪い靴もずらずら長いワンピースも。
たくしあげて、裾を結ぶ。
今度ミカに動きやすい服も買わせてやる。

石でぼこぼこして動きづらい地面を何回も転びそうになりながら、駆け足で先を目指す。
遠くに、ぽっかりと光が見える。
くすんだランプの光とは違う、薄暗く光る青い光。
けれど、今は替えたばかりの蛍光灯よりも輝いて見える。

『外だ!』

よたよたとしながら、出口にたどりつく。
そこは確かに、この前ミカと潜った洞窟の出口。

『やった!!』

久々の心からの喜びを感じて、私は出口から飛び出す。
月明かりで一瞬目が眩む。

月ってなんて、明るいのかしら。
初めて知ったわ。

そこには月の光で浮かび上がった広大な森。
鳥の鳴き声。
虫の鳴き声。
森を吹き抜ける風。
揺らされる葉ずれの音。

そのどれもが、私の住んでいた街ではなかったもの。
幻想的、なんて言葉が似合う、不思議な光景。
なんて、綺麗。

そして。

『で、これから私はどうしたらいいのよ』

私の夜の散歩は、いまだ終わりが見えない。





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