とりあえず、村。
村に行きましょう。
いや、村に行かなくてもいい、この際いい。

人。
人に会いましょう。
そうしたら、城に行きたいって言えば、なんとかなるんじゃないかしら。
それに、一応遠くに城は見える。
今は夜だからよく見えないけど、この前はもっと見えた。
最悪、あれを目指せばいい。
洞窟でまあ、1,2時間で着くんだから、夜通し歩けばなんとかなるでしょう。
そうそう。
まあ、外出れたんだから、どうにかなる。

よし、とりあえず村を目指してみよう。
それで駄目そうだったら夜明けとともに城を目指す。
うん、完璧。

よし、あと少しだ、張り切っていくぞ。



***




で、やっぱり迷った。

森とかやばい。
なに、森って。
どっちが前でどっちが後よ。
富士の樹海ってこんな感じ?
絶対ここ磁石効かない。
別に死ぬところ探しちゃいないわよ。

ここはどこ。
私はどこ。
なんでこの森は迷路もどきの作りをしてるのよ。
根性の悪いにもほどがある。

これもあの悪魔の仕業でしょう。
間違いないわね。
絶対あいつの仕業だ。
本当にいつか殺す。

歩いても歩いても、同じ景色に見える。
ひたすら、木、木、木、たまに岩。
たまには人影ぐらい見せてみろ。
同じような景色のくせに、それでもやっぱり違う場所で、最初の洞窟もどこにあるか分からない。
ランプの蝋燭も残り少ない。

足が痛い。
虫がうざい。
疲れた。
眠い。

酒を一口。
涙と鼻水をすする。

どうしていつもこうなのかしら。
どうしていつもこうなっちゃうのかしら。
何がいけないのかしら。

うん、分かってるわよ。
学習能力のない私自身よね。

なんでこうなのかしらね。
いっつもいっつも反省しては、また後悔して。
いつまでたっても成長しない。
大人って、いつになったらなれるのかしら。
二十歳すぎたから大人になれるってもんじゃないのよね。
三十路すぎても、大人になんてなれやしない。

ああ、疲れた。
もうやだ。
やだやだやだ。

もういっか。
もういいよ。
休もう。
少し休もう
疲れてるから、考えも暗くなるんだ。

ずるずると、一際大きな木のふもとに座り込む。
背を太い幹に預けて、息をつく。
ランプと酒瓶を置くと、体が軽くなった。
ずっと持っていた手がしびれている。
足の裏が痛くて、もう立ちあがれない気がする。
こっちの世界にきて、足を甘やかしすぎてる。
あっちに戻ってピンヒールで歩けるかなあ。

疲れた。
もう疲れた。
なんていうか人生に疲れた。

『私、本当、なにやってんだろ』

見上げると、木々の切れ間から月が見える。
あ、二つある。
そういえば、この世界には月が三つあるんだっけ。
贅沢なこと。
だからこんなに明るいのかな。

月をモチーフにした歌が、なんとなく浮かんで鼻歌混じりに歌う。
ああ、歌詞、思い出せないな。
どんな歌だったっけ。
好きだったんだけどな。
そういえばipod、買ったばっかりだった。
ロクに曲を入れないまま、放置してたなあ。
よく入れ方分からなくてさ。

こっち来て、音楽も聞いてない。
酔っぱらったミカが歌ってたくらい。
私もカラオケ行きたい。

また涙が出てきた。
もしかして、自分で思うよりこの生活はずっとストレスだったんだろうか。
こんな馬鹿な行動しちゃうくらい。
よく考えれば、無謀だってことぐらい、すぐに分かるわよ。
それが分からないぐらい、判断力にぶってたのかしら。

そりゃそうか。
そりゃ、ストレスもたまるわよ。
よく頑張ってきたわ。
誰か褒めてよ。
頑張ったんだから、誰か褒めてよ。

ああ、本当に私可哀そうだなあ。
なんでこんな可哀そうなんだろう。
なんか悪いことしたっけかなあ。
まあ、いいことも特にしてないけどさ。
でも、どうして周りはみんな幸せなのに、私だけこんな不幸なんだろう。

『………帰りたいよ、お母さん………』

膝を抱えて顔を埋めて、泣く。
やだな、この格好余計になんか悲しくなってくる。
いいや、泣こう。
今日くらい、自分に同情して泣いてもいいじゃない。
私が泣いて、誰かに迷惑かける?
かけないでしょ。
じゃあ、泣くわ。

「うっ、ひっ、く、う、ぅ、うう」

可哀そうだなあ、私。
可哀そう。
なんて可哀そう。
誰がなんと言おうと、可哀そう。
ああ、本当に、私以外の幸せなやつ全員滅びろ。
私にその幸せをよこせ。

ひたすら世の中を呪い続けて泣く。
理性では、それに全く生産性がないことは分かっている。
泣いていても、事態は好転しないことは分かっている。
けど、泣くときにそんなこと考えられるもんか。
というか感情的に納得できるもんか。

とりあえず自分が不幸で、周りが幸せなのが許せないのよ。
周りの幸せを祈れるのは、自分が幸せな時だけよ。

ああ、不幸だ。
私、なんて不幸なんだろう。
幸せになりたいなあ。
もしくは全員不幸になれ。
そうしたら、私が不幸なことが気にならない。

不毛な感情でいっぱいになりながら泣き続ける。
そのまま座りこんでいると、遠くで何か音がした。
かさかさと、草を踏み分けるような音。
踏み分ける。
もしかして。

『………誰か、いるの?』

誰か、きたのだろうか。
希望が胸にふつふつと沸いてくる。
言葉が通じないかも、とか城まで連れて行ってくれるか分からない、とかそんなことどうでもいい。
今はただ、人に会いたい。

軋む体を鞭打って、よろよろと立ちあがる。
木に寄りかかるようにして、辺りを見渡す。

「………そこに、誰か、いる?」

恐る恐ると話しかけるが、答えはない。
草を踏みしめる音は続いている。
しかもこれは複数。
いっぱい、人がいるのか。

………あ、でも、ちょっと待った。
クマとかじゃないわよね。
森って、そういえば動物とかいるんじゃないかしら。
向こうの世界と生態系が同じなんだか知らないけど。
でも鳥も虫も、似たようなのがいるわ。
じゃあ、クマもいるんじゃないかしら。

確かクマって、やばいのよね。
人なんて軽く殺せるのよね。
いまいちどんだけ怖いんだかよく分からないんけど。
野生動物なんて、動物園でしかみたことないわよ。
でも、怖いのよね。
多分怖いのよね。
怒った課長とどっちが怖いのかしら。

足音が近づいてくる。
どうしよう、逃げようか。
逃げた方がいいのか。
でも、追いつかれたらどうしよう。
クマにあった時は、えーと、死んだふり?
逃げちゃいけないんだっけ。

どうしようどうしようどうしよう。

考えがまとまらないうちに、足音はすぐそこまで来ている。
どうしよう。
足が固まって動かない。
逃げることもできない。

「誰だ」

けれど、聞こえてきたのは、確かに言葉。
クマは、たぶんしゃべらないわよね。
この世界の動物がどんなのか知らないけどさ。
でも、きっとしゃべらない。
そう信じる。
それ以外認めない。
力が抜けて、その場にずるずると座り込む。

『………よ、よかったあ………』

がさり、と茂みをかき分けられて男の人が姿を現す。
十代っぽい人から、二十代後半ぽい人まで、四人ほど。
金髪二人に赤毛に茶髪。
一番かっこいいのは先頭に立っているリーダーぽい男。
まあ、そこそこって感じだけど。
城にいる連中に比べたらなんだか埃っぽい質素な格好をしている。
そこらへんの農民かなんかかしら。

「なんだ、女か?」

座りこんだ私を見て、男たちは怪訝な顔をする。
まあ、そりゃそうよね。
こんなところに女一人って多分この世界でも変よね。

「あ、えっと」
「お前、誰だ」

リーダー格ぽい金髪の男が、胡散臭そうな目で見下ろしてくる。
誰だと言われても、困る。
なんて言ったらいいんだろう。
異世界からきた三十路OLです。
いや、ない。

「あ、あの、わたし、えっと」

分かる単語でなんとか自己紹介をしようとして、つっかえつっかえ言葉を探す。
私の話し方を聞いて、男たちはまた顔を見合わせる。
あ、発音が、おかしいかな。
しょうがないじゃない。
日本人はスピーキングが苦手なのよ。

「言葉*********、女が********森、夜***************」
「あ、えっと、私、変、じゃない。その、帰りたい。道、わからない」
「******迷う、******女、***********こんな夜?」

なんとなくわかるようなわからないような。
男たちは私を囲んで見下ろしながら、仲間内で何か話している。
ああ、もどかしい。
なんて言ったら通じるのかしら。
えっと、自己紹介はいいのよ。

私は帰りたいのよ。
そう、帰るのよ。
城に帰るの。

「私、城、帰りたい。ミカ、王、えっと、友達」

ざわり。
その瞬間、男たちの空気が変わった。
感じたことのない、張りつめた空気。
空気が凍るって、表現がぴったりのような。
え、な、何。

私を中心として、男たちが一歩下がる。
そして身構えて腰から剣を引き抜く。

「********!*****殺せ******!!!**********カレリア*************!」

なんか今すごい物騒な単語出なかった!?
ていうか剣持ってる時点ですごい物騒よね!?
何、なんで!?
なんでいきなりテンションあがってるのこの人たち!?

『お、落ち着いて、ちょっと落ち付いて』

男たちは興奮しながら口々に何かを話している。
なんか、嫌な方向に話が流れてないか。
何、なんなの、今いったいどういう状況なの。
訳わからない。
何よ、なんなのよ。

「********!***********!!!」

男たちが一歩近づく。
剣は私に向けられている。

「きゃ、きゃあ!きゃああ!!!!」

何、あの剣、何。
わたし!?
私に向けられてるの!?

え、あれで、切られたら、死ぬの?
あれは、私を切るためのもの?
でも、切れなそう。
切れ味鈍そうな灰色をしている。
うちの万能包丁の方がよっぽど切れそう。
ていうか切るって何?
刺されるならともかく切られるって何。
なんで現代日本人が切られて死ななきゃいけないの!?

切れなそう錆びてる、って思ったんだけど、何あの茶色くこびついてるの。
考えたくない。
いやだ。
いやだいやだいやだ。

どうしようどうしようどうしよう。

あ、腰が抜けた。
立ちあがれない。
逃げなきゃ、ダメよね。
なんかこれ、ドッキリだったりしないわよね。
冗談でしたー、とか。
そういう展開じゃないの?
仕込みじゃないの?
プラカード持った人がその木の陰から現れるとか。

男たちが、近づいてくる。
私は、動くこともできないまま、ただそこに座り込んでいた。





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